イラクの泥沼とブッシュ政権
去年の6月には、ニューヨークとワシントンでイラク戦争が欧米関係に及ぼす影響について、政治学者や国務省の役人にインタビューした。

当時と今のイラク情勢を比べると、この1年間で米国にとっての旗色が大幅に悪くなったことを、強く感じる。

まず国連事務所、赤十字事務所、聖地カルバラでの爆弾テロに象徴される、治安の悪化である。一度に100人が死亡する爆弾テロも、珍しくない。

要人の警護などを担当する米国のセキュリティ会社の社員が待ち伏せ攻撃で殺害され、遺体を切り刻まれて鉄橋から吊り下げられる姿や、米軍が撮影を禁止していた、米兵の遺体を収めた棺の映像が全世界に流され、米国民に戦争の犠牲の大きさを強く感じさせた。

今年4月には137人の米兵が戦死したが、これは1ヶ月の死者としては、バグダッド占領以来最悪の数字である。

さらにファルージャやナジャフで、シーア派過激勢力による武装蜂起が発生したため、米軍は本来避けたかった市街地での戦闘に巻き込まれることになった。イラク人の間の死者も増える一方だ。

さらに米国の威信を大きく傷つけたのは、バグダッド郊外の刑務所で米兵たちが、イラク人捕虜を虐待している映像が、全世界に流されたことである。

「米国は解放者ではなく征服者だ」というイラク人の印象を、これ以上増幅するものがあるだろうか。

たとえ一部の不心得者の行為であれ、この種の映像が明るみに出ることは、陰の部分で虐待や拷問が行われているのではないかという疑惑を抱かせる。

しかも国防総省は、今年初めに虐待の事実を知り報告書まで作成しながら、マスコミが報道するまで、この事実を隠していた。

大統領自らが、公に陳謝するという異例の事態は、問題の深刻さを物語っている。この映像は、アラブ世界に強い衝撃を与え、米国への怒りを深めるだろう。「イラクに自由と民主主義をもたらす」という米国の大義は深く傷つけられ、アラブ世界での支持者を減らすに違いない。

米国はイラクに攻撃されたわけでもないのに、国連安保理の承認も受けないまま、イラクに侵攻した。「サダム・フセインは化学兵器や生物兵器などを持っており、テロリストに渡る危険がある」というのがその理由だったが、攻め込んでみたら大量破壊兵器は全く見つからない。

逆にイラクは、外国のテロ組織が流れ込んで、米軍と対決するための「戦場」になりつつある。これでは米兵にもイラク市民の間にも、「いったい何のためにこの戦争をやっているのか?」という疑問が生まれるのは当然だ。

米国が地元住民の支持と信頼を得られないまま、大義がはっきりしない戦争を続けるという意味で、イラク戦争に「ベトナム」のイメージが重なる。ブッシュ氏が今秋の大統領選挙で苦戦することは間違いなく、勝利の可能性はかなり揺らいできた。

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)


保険毎日新聞 2004年5月28日