欧州とイスラム(上)

 西欧では、キリスト教徒とイスラム教徒の間で、「文化の衝突」がすでに始まっている。

2001年の同時多発テロ以降、両者の間で一段と深刻化する対立の構図について、現地からリポートする。

今年2月、デンマーク警察は衝撃的な発表をした。捜査当局は、デンマーク人イラストレーターの殺害を計画した疑いで、北アフリカ出身の3人のイスラム教徒を逮捕したのである。

このイラストレーターは、3年前にイスラム教の預言者ムハンマドの諷刺画を新聞に発表し、世界中のイスラム教徒から批判を浴びていた。

キリスト教と違って、イスラム教の教義では、神や預言者の具体的なイメージの崇拝が禁止されている。

それだけに、預言者が傷つけられたと感じたイスラム教徒が多かったのだろう。

この諷刺画は、ムハンマドの頭部のターバンを、爆弾に似せたもので、後ろには火のついた導火線が出ている。

抗議行動は一部のイスラム教国で暴動に発展。当時は、キリスト教徒の間からも「悪趣味だ」という批判が出ており、新聞社も反省の意を表わしていた。

だが今回イスラム教徒がこの画家の殺害を企んでいたことが発覚したために、デンマークの言論界は激昂。事件の発覚直後、ほとんど全ての新聞が、抗議のためにこの諷刺画を、第1面にでかでかと掲載した。

「新聞に何を掲載するか、どのようなイラストを描くかを決めるのは我々であり、イスラム教徒による暴力ではない」という主張が込められている。

デンマークの新聞社のこうした態度は、イスラム教徒の怒りを再燃させている。

近年欧州では、「表現の自由」と「宗教の冒とく」をめぐる議論が白熱化している。

たとえば2004年には、イスラム教の女性差別を批判するドキュメンタリーを製作した、オランダ人の映画監督ヴァン・ゴッホ氏が、狂信的なイスラム教徒に殺害された。

路上に放置された映画監督の遺体には、ナイフが突き立てられており、そこには「映画の製作に協力した、ソマリア系オランダ人の女性議員も殺害する」と予告した紙片が、付けられていた。

これらの事件からわかるように、欧州のキリスト教徒とイスラム教徒の間では、融和の道を見つけるために理性的な対話が行われているというよりは、むしろ怒りと憎しみが増幅される、悪循環に陥っているという印象が強い。

私が住んでいるドイツには、320万人のイスラム教徒が住んでいる。

最近では、キリスト教に失望して、イスラム教徒に改宗するドイツ人が増えている。改宗者の数は2004年には2000人だったが、2006年には7倍に増加した。(続く)

(文・ミュンヘン在住 熊谷 徹)