欧州コーヒー事情
朝起きたら、まずコーヒーを一杯飲まないと、エンジンがかからないという方は多いのではないだろうか。

私もその一人である。特に炭火焙煎珈琲の店が多い神戸で5年間働いてからは、コーヒーの味にうるさくなってしまった。

私が住んでいるドイツは、コーヒーの味については及第点を与えられる国である。米国の薄いコーヒーに悩まされてから、この国へ来たらとても幸福な気分になった。

ドイツ人は世界でも最も多くコーヒー豆を消費する民族に属し、われわれ日本のコーヒー党が満足できるような、こくのあるコーヒーをいれる。ホテルの朝食や会議で出てくるコーヒーにも、失望させられることは少ない。

ところでフランスやイタリアで喫茶店に入り、飲み物を注文する時に「カフェ」と言うと、エスプレッソが出てくる。

量は少ないけれども、濃厚な香りのエスプレッソは、私にはコーヒーの最高峰であるように思われる。イタリアに車で旅行する時に、高速道路の休憩所にあるバール(立ち飲みの喫茶店)に入って、最初のエスプレッソを飲む時、「またイタリアに戻ってきた」という幸福感が身体にしみわたっていく。

またギリシャやボスニアなど、かつてトルコに占領されていた国でコーヒーを頼むと、エスプレッソのカップに、底に粉がドロドロたまっているような、トルコ風のコーヒーが出てくる。

(ただしギリシャ人の中にはトルコがきらいな人が多いので、彼らの前では、絶対にトルコ風コーヒーと言ってはいけない。カフェ・グレコつまりギリシャ風コーヒーと言わないと、機嫌をそこねる)

「郷に入らば郷に従え」主義の私は、地元の人が喜ぶように、いつもこのコーヒーを注文するが、なんだか汁粉を飲んでいるような感じで、エスプレッソやドイツのコーヒーに比べるとそれほど美味しいものではない。

地中海沿岸といえば、イスラエルのコーヒーもまずい。イスラエルでは、大きなペパーミントの葉っぱをどっさり入れた紅茶「テ・ナナ」をいつも頼むことにしている。

 さてコーヒー好きが多いドイツでは、スーパーマーケットなどで売られているコーヒーはとても安い。

たとえば、ミュンヘンの紀伊国屋やイカリスーパーにあたる高級食料品店、「ダルマイヤー」の真空パックの焙煎コーヒーの値段は、500グラムでわずか2・9ユーロ(396円)である。それほど有名なブランドでなければ、500グラムが300円を割るだろう。

日本に比べるとはるかに安いことがおわかり頂けるだろう。飲み物の1リットルあたりの価格を比べたある調査によると、ドイツのコーヒーは1リットルあたり0・72ユーロ(97円)で、ミネラルウォーターとミルクの次に安い飲み物である。この国では、毎日消費する食料品の値段は低く抑えられているのである。

日本のコーヒーも、もう少し安くなってほしいと思うのは、私だけだろうか。炭火焙煎珈琲は美味しいけれども、あの値段たるや、ドイツから出てきたおのぼりさんの私には、やはり驚異である。(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2004年3月30日