パンがなければ、ケーキを食べよ

ドイツは現在、ナチス時代の最悪の失業率に苦しんでいる。

その数、510万人。これから一体、ドイツはどうなるのか。

「仕事を本当にしたい人には職があるはずよ」

経済大臣夫人のそんな一言が失業者たちの胸にぐさりとささったのは最近のことだ。

 不幸にも病気になり、一年前から失業したPさんはすでに120通の履歴書を送付し、118通の不採用通知を得たという。

仕事をしたくても仕事がみつからないPさんは、「どうやったら仕事が得られるのか、おしえてください」と怒りの手紙を経済大臣夫人に送りつけた。

 経済大臣夫人が最後に仕事をしたのは1968年だったというから、この発言はやはり時代錯誤である。

五人の子供を育てあげたのはすばらしいが、37年のあいだ、社会は激変した。

今、夫人が仕事を探したところでどういう職が得られるだろうか。

夫人の言葉はあまりにも現在の労働市場を理解していない発言なのかもしれない。時の治世者が民衆との距離がありすぎるため、一体、なにが問題であるのかわからなくなった典型なのだろうか。

 かつてマリー・アントワネットが、ろくにパンもなく飢えた国民たちにむかって、「お腹が空いてパンがなければ、ケーキを食べればよいじゃない!」と言ったことを思い出した。

もはや贅沢さえしなければ、民が食料不足で飢える時代ではなくなった。

そのかわり、人々の悩みも、変わっていった。職があってもいつ失うかわからない。

不確かな時代に、一体、どう生きるべきなのか。

 ドイツではなによりも問題なのが50才以上の失業だ。

日本では55才から64才までの就業率が62%であるのに対し、ドイツではわずか39%。

これまでは定年前に希望して早期退職し、年金生活を楽しむ人も多かったが、年金が切り詰められる時代となっては職を探してもないということが実情となっている。

 明らかに夫人の言葉には、「仕事をしないのは本人のせい」というメッセージが込められている。

はたして失業者は本人のせいで失業しているのか、それとも充分な雇用が創出できない社会のせいであろうか。

個々の例でみるとさまざまなため、一言では理由づけすることが難しい。

(文 福田直子 絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)


保険毎日新聞 2005年5月26日