トルコ紀行(8)アラブの丸屋根
イスタンブールの街角を歩いていて気づくのは、丸い屋根を持った建物が非常に多いということだ。
イスラム教寺院(モスク)では、大きなドームを囲むようにして、中ぐらいの大きさの丸屋根、キノコのように見える小さな丸屋根が取り付けられている。
宮殿や市場の屋根にも、大小のドームが並ぶ。
もちろんキリスト教会の中にも巨大な円蓋(ドーム)を持つものがあるが、イスラム建築ほどたくさんの丸屋根を取り付けることはない。
なぜオスマン・トルコの権力者たち、そしてイスラム教徒たちは丸い屋根を好んだのだろうか。
15世紀にコンスタンチノープルを占領したオスマン・トルコの祖先は元々現在のモンゴルの北部、バイカル湖付近にいた遊牧民族だった。
西暦552年にこの付近にいた突厥(とっけつ)すなわちトルコ族が支配者を打倒して独立した。トルコではこの時を建国の年と定めている。
遊牧・騎馬民族はテントに住むことが多い。
オスマン・トルコが愛した丸屋根は彼らの遠い祖先が野営の時に使ったテントを象徴するという見方もある。
さらに想像力をたくましくすれば、丸屋根はオスマン・トルコが中央アジアから西進して大帝国を築いた際に、常に彼らを見下ろしていた天空を象徴すると考えることもできる。
常に移動することによって版図を拡大してきた彼らにとっては、大空こそが自分たちの屋根だったのである。
興味深いことに、ヨーロッパ南部でイスラム文化の影響が濃い地域では、この丸屋根を持った建物がしばしば見られる。
たとえばイタリア・シチリア島のパレルモには、赤く塗られた小さなドームを屋根に並べた教会がある。
また一時はイスラム教徒に占領されていたスペイン南部のアンダルシア地方にも、アラブ風の丸屋根を持つ建物が見られる。
ひとくちにヨーロッパ文化と言っても、画一的ではない。
2000年の歴史の中で、様々な民族や宗教がやってきては去り、文化の痕跡を残していった。その多様性、混在ぶりを現場で見られることはヨーロッパの大きな魅力の一つである。
ちなみに、イスラム建築の最高傑作を見られるのは、中東ではなくヨーロッパである。
グラナダのアルハンブラ宮殿をしのぐイスラム建築は、1500年の歴史を持つトルコでも見ることはできない。
ヨーロッパの長い戦乱の歴史を考えると、稀有な宝石細工のようなこの建物が今日まで保存されていることは、なんたる僥倖(ぎょうこう)であろうか。(続く)
(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹) 筆者ホームページ http://www.tkumagai.de