ラーメン真剣勝負

ここは東京・JR中野駅北側。「サンモール」という商店街の東側に、人がようやくすれ違うことができるくらいの、狭い裏通りがある。

居酒屋や食堂がびっしりと並んだこの横丁は、多くの中華そば屋が腕を競い合う、全国でも有数のラーメン激戦区である。

たかがラーメンといえども、ばかにしてはいけない。麺のコシとスープの味が勝負のラーメンは、西洋料理とは異なり、香料や調味料で欠点を隠すことができない、厳しい食べ物なのである。

高校生の頃から、有名な店まで電車に乗って食べに行くほどの「ラーメン党」だった私は、中野を素通りすることはできないのだった。

めざすは、数々のランキングで最上位を占める「青葉」。有名な店だけあって、まだ昼前だというのに、すでに20人の客が店の前に並んでいる。

私は並ぶことを覚悟して、文庫本を持ってきていたが、順番が進むのはかなり速い。

客は、道路から暖簾の中に入ると、注文をすることができる。こうすれば、席に着いてから待つことなく、ラーメンが目の前に置かれるわけだ。

注文といっても、醤油ラーメンとつけ麺しかないので、頭を悩ませることはない。カウンターだけの、飾り気のない店内では、若者たちが無駄口も叩かず、真剣な表情でラーメンをすすり続けている。

店内は、ズルズルという麺の音と、注文取りの声を除けば、水を打ったように静かだ。客たちも、日本の最高峰の店にいるという、緊張感に圧倒されているのだろうか。

人々の視線を浴びながら、スープを作ったり、麺をゆでたりしている店員さんたちも、真剣そのもので、求道者のような清冽さを漂わせている。

店の中央のテーブルに置かれた白いマジックボードの上には、カウンターのどの客が何を注文したかが、色の付いたプラスチックの小さな円盤で表示されている。

30分待って、カウンターの一番はじの席に座る。席に着いて数秒でラーメンが出てくるのは好ましい。なるほど麺の固さ、焼き豚、ネギの量など、正統派の味だ。最近のラーメンのだしは、日本そばのように小魚かカツオの香りが強い。「和風ブーム」の中、ラーメンの世界でも、伝統回帰の傾向が強まっているのだろうか。

私は日本人の国民性の一つは、細部への強烈なこだわり、そしてモノの品質についての執着の強さだと思う。自動車やデジタルカメラなどの日本製品、そして黒沢明の作品や最近のアニメ作品など、一部の映画が世界的に高い評価を受けたことは、この細部へのこだわりなしには、考えられない。

究極のラーメンをめざす執着心と、客のこだわりに応えようとする店の熱意にも、同じ精神が流れているような気がする。(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)


保険毎日新聞 2004年5月26日