フランス人の愛国心
フランスの新大統領ニコラス・サルコジ氏は、今年5月に行われた決選投票の10日前に、同国西南部のグリエール高原を訪れた。
高度1440メートルの山岳地帯は、第二次世界大戦末期の1944年に、フランスの抵抗派(レジスタンス)が、ドイツ軍を相手に戦った場所として知られている。
サルコジ氏は、戦死した抵抗派メンバーの慰霊碑を訪れるシーンを、新聞やテレビのカメラマンに撮影させるために、ここにやってきたのだ。
慰霊碑の周りには、ドイツ軍に殺されたトム・モレルというレジスタンス戦士の娘と孫も来ていた。
サルコジ氏は、抵抗派を称える演説を行う。「今日我々が民主的な社会を持ち、まもなく選挙ができるのも、モレルさんのような英雄が戦ってくれたからです。彼らは、自分たちよりも人数が多く、はるかに優勢な敵を前にしてもひるまずに、フランスのために戦いました。彼らは英雄として死んだのです」。
彼は当選してからも、パリ郊外のブーローニュの森にあるレジスタンスの慰霊碑を訪れた。
ここで、子どもたちが「レジスタンス賛歌」を合唱し、17歳の少女が、戦争中に同年代で抵抗活動に身を投じ、1941年にナチスに射殺されたギュイ・モケという若者が、両親に送った別れの手紙を読み上げると、サルコジ氏は、頬に伝わる涙をぬぐった。
「メディア大統領」と呼ばれるサルコジ氏は、ことあるごとにフランスの抵抗派を尊敬していることを、テレビカメラの前で強調する。この国では、そのことが票につながるからだ。
この作戦が大成功して、サルコジ氏は、極右勢力の候補者ル・ペンから、大量の票を奪うことに成功した。
対立候補のセゴレーヌ・ロワヤール女史も、社会党擁立のリベラル派であるにもかかわらず、選挙集会では愛国的な言葉にあふれた国歌「ラ・マルセイエーズ」を支持者とともに合唱したほどである。
多くのフランス人は、今も「自分たちはナチスと戦った、偉大なレジスタンスの国」というイメージを抱いている。
フランスでは、どんなに小さな村に行っても、抵抗派を称える記念碑や慰霊碑、抵抗派にちなんだ名前をつけた道がある。彼らにとって、愛国心とは様々な違いを超えて結束できる、共通のアイデンティティーなのである。
実際には、戦争中にフランス人全員がドイツに反抗したわけではない。
ドイツに占領されていた時代、ペタン政権でナチスに協力し、ユダヤ人の逮捕や強制収容所への移送に関わったフランス人もいた。
シラク前大統領はこの事実について公式に遺憾の意を表わしたが、大半のフランス人は今も「レジスタンス神話」を固く信じている。
フランス社会を見ていると、愛国主義に関する考え方が、ドイツや日本と大きく異なることを痛感する。
(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹)
保険毎日新聞 2007年6月