世界一安全な国・日本?
私が日本に住んでいた16年前に比べて、この国で大きく変わったことの一つは、治安の悪化である。

平成16年度版犯罪白書によると、窃盗を除く一般刑法犯の検挙率は、1974年には約90%だったが、2003年には38・7%に落ち込んでいる。

また30年前には55%だった窃盗の検挙率も、今では3分の1に減って19・4%となった。

多くの市民が空き巣や強盗、ひったくりなどに強い不安を抱いており、いわゆる「体感治安」が16年前に比べてひどく悪化していることを、感じた。

ドアにたくさん錠を付けたり、家の周りに人が通ると自動的に灯る電灯を取り付けたりするのも、こうした不安の現れである。

東京・吉祥寺駅のエスカレーターの壁には、携帯電話のカメラでスカートの中を撮影する男を描き、「盗撮注意」と大書したポスターを見て、「日本もここまで来たか」という気がした。

学校教師が、女子トイレにビデオカメラを隠して盗撮していたという事件も報じられたが、いわゆる破廉恥罪も、16年前とは質が大きく変わってきたようだ。

「振り込め詐欺」のように、個人情報を悪用した犯罪への不安も高まっている。

住所や氏名、電話番号などの個人情報が書かれた手紙や書類を捨てる際に、これほど神経を使っている国は、聞いたことがない。

郵便局のゴミ箱に、「個人情報を記した紙は捨てないで下さい」という注意書きが貼られているのを見て、驚いた。

私の住んでいるドイツにも、個人情報保護法はあるが、日本のように誰もが個人情報の悪用について、神経を尖らせているということはない。

わが国では、不幸があると、突如として墓石や仏壇を売る業者から、遺族の自宅に電話や訪問が殺到することがあるが、ドイツでそんな話は聞いたことがない。

日本文化の良き伝統である死者を敬うという態度は、どこへ行ってしまったのか。

見も知らぬ会社から投資などに勧誘する電話が、個人の自宅にかかってくることも、ドイツより日本の方がはるかに多い。

わが国は、個人情報の悪用では、「先進国」になってしまったようである。

特に家族を亡くして悲しんでいる時に、物を売りつけようとする業者に個人情報を流す輩には、嫌悪感を覚える。

治安悪化の背景として、日本経済の停滞や失業、リストラによって、中間階層が急速に縮小し、わが国が「格差社会」になりつつあるという事実を無視できない。

ちなみに、ドイツではやはり経済状態が悪化しており、500万人近い市民が失業しているが、2004年の一般刑法犯の検挙率は、54%で日本を大幅に上回っている。

「世界一安全な国」と言われたかつての日本の治安状況を、一刻も早く取り戻してほしいものである。

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)2005年7月 保険毎日新聞