ダイムラー世界戦略の挫折
ダイムラー・クライスラー社が、三菱自動車への支援を打ち切ったというニュースは、ドイツでも大々的に報道された。

それは、支援打ち切りによって、ダイムラー・クライスラー社のグローバル化戦略の挫折がはっきりしたからである。

この戦略の立役者は、ユルゲン・シュレンプ社長。

彼は1998年に、米国のクライスラー社を傘下に納めて、製造業界では世界最大規模の合併を実現し、世界の自動車業界関係者をあっと言わせた。

さらにその2年後には、三菱自動車に資本参加を開始し、「将来はグループの売上高の25%をアジアから生み出す」と豪語した。

この言葉に表れているように、シュレンプ社長は米国・欧州・アジアという世界の重要なマーケットに拠点を確保し、豪華なリムジンから軽乗用車まで、あらゆる種類の製品を取り揃えることをめざしていた。

これがダイムラー・クライスラー社の「世界株式会社」構想である。

ところが、同グループの2003年の業績は惨憺たる物であり、利益は前年の47億ユーロから91%も減少して、4億ユーロになっている。

同社の株価は、クライスラー買収発表の翌日(
1998年5月8日)に103・1ユーロ(1万3400円)の最高値をつけたが、今年4月16日の株価は、67%も低い33・8ユーロ(4400円)だった。

同時期に
BMWの株価が14%、ポルシェの株価が127%上昇したのとは対照的である。

株主の間では不満の声が強まっており、ダイムラー・クライスラー社の経営陣は、この状態で数千億円規模の資本増強を行うことは不可能と判断したのであろう。

4月23日の電話記者会見で支援打ち切りが発表された時、奇妙なことにシュレンプ社長は欠席していた。

これほど重要な会見に社長が姿を見せなかったことは、前日の役員会でシュレンプ社長が三菱自動車への支援継続を主張したが、財務担当役員らに反対されて押し切られたことを示唆している。

強引なワンマン社長として知られたシュレンプ氏の社内での影響力が、以前に比べて低下したのであろう。

実際、彼は子飼いの部下でクライスラー社のリストラに手腕を発揮した幹部を、同グループの稼ぎ頭である高級車部門(メルセデス・ベンツ社)の担当役員に任命することを内定していたが、4月末にはこの内定を取り消さざるを得なかった。

これもまた、ダイムラー・クライスラー社の取締役会で、シュレンプ派が守勢に回っていることを示している。表には出てこないが、役員会議室では、剣闘士の死闘のような、食うか食われるかの戦いが繰り広げられているのであろう。

いずれにしても、ドイツ企業の勝手な都合に翻弄された日本の自動車メーカーも、迷惑な話である。一日も早い業績回復を祈りたい。

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)


保険毎日新聞 2004年6月23日