シチリアはおいしい
イタリア最南端のシチリア島。
西部のトラパーニという港町は、アフリカに近い。
このため、トラパーニではクスクスという、変わったパスタを食べることができる。
細長いパスタではなく、細かい砂利の粒ほどの大きさ。
ご飯のように見えなくもない。
これは元々モロッコの料理なのだが、魚介類を入れてイタリア料理風にアレンジしてある。
フェリーの発着所に近いトラパーニの旧市街に、バロック様式の立派な教会が立ち並ぶ道がある。
車が通らないので、夕刻にそぞろ歩きを楽しむことができる。
この道に、アイ・ルミという変わった名前のレストランがある。
この店のシーフード・クスクスは絶品である。
魚介類のだしでクスクスをゆでてあるので、口の中に大海原の味が広がる。
トラパーニ周辺の海は、かつてマグロが豊富に獲れる漁場としても知られた。
海岸にはトナーラ(マグロ加工場)が作られたが、乱獲のため漁獲高が大幅に減ってしまい、今ではマグロの加工は行われていない。
放棄されたトナーラの廃墟は、ホテルやレストランとして再利用されている。
トラパーニから東に車で30分走ったところに、ボナジアという村がある。
この漁港には、まるで要塞のように堅固なトナーラが残っており、かつてここがマグロ漁で栄えたことを感じさせる。
港に面したレストラン「サヴェリーノ」では、豊富な海の幸に舌鼓を打つことができる。
地元の人々は、ウニを割ったものからスプーンで生雲丹をすくったり、バターのようにパンに塗ったりして食べている。
ミラノなどイタリア北部では、絶対に見られない光景だ。
真っ黒なイカ墨スパゲッティや、鰯を入れたシチリア風独特のスパゲッティ「パスタ・コン・サルデ」も美味しいが、マグロの卵をまぶしたパスタも、珍しい味だった。
いわばカラスミのパスタであり、日本で言うタラコ・スパゲッティのような食感である。
店は夜10時になると、満員になる。
父親と息子が、他のウエイターたちとともに、忙しそうに動き回り、時には客たちと世間話に興じている。
イタリア人たちは、人生を楽しむということにかけては、天才と呼べるのではないか。
「サヴェリーノ」は、車で走っている時にたまたま見つけた店だが、ミュンヘンに帰ってからミシュランのガイドブックを見たら、2つ星とともに掲載されていた。
「イタリアは奥が深い」とつくづく思わされるのは、このように大都市から離れた淋しい漁港でも、ミシュランに載るような素晴らしいレストランを見つけられるということだ。
シチリア万歳!
(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹)筆者ホームページ http://www.tkumagai.de
2007年9月 保険毎日新聞