アスパラと失業者
白いアスパラガスは、ドイツに春の訪れを告げる野菜だ。
4月下旬から5月にかけて、スーパーやデパートの食品売り場、八百屋の店先には、白いアスパラが山積みになり、突然周辺が明るくなったような錯覚を持つ。
日本で白いアスパラというと、瓶詰めにされたものが多いようだが、ドイツでは生である。
健康への関心が高まっているドイツでは、カロリーが低いアスパラへの人気が根強い。
この国では一般的に、肉よりも野菜の方が割高だが、旬の野菜である白アスパラは特に高く、ドイツ産の物は1キロ18ユーロ(2520円)もする場合がある。
この高い値段の背景には、白アスパラの栽培には、非常に手間がかかるという事実がある。
アスパラは太陽の光を浴びると、緑色になってしまうので、盛り土の中で成長させて、わざと青白い「もやしっ子」を作る。
収穫をする際には、盛り土の表面が少しへこんで、アスパラの先端が表面に近づいてきた時点で、根元から1本ずつ切り取る。
常に腰をかがめて、1本ずつアスパラを集めなくてはならないという、重労働なのである。
労働コストが高いドイツでは、アスパラの収穫を行う農民の80%が、隣国ポーランドからの季節労働者だ。
アスパラ収穫の最低賃金は、時給4ユーロ(560円)。ポーランドでは、1日野菜の収穫作業を行っても15ユーロしか稼げないので、ドイツで働くほうが有利なのである。
また、彼らはドイツ人の労働者に比べると我慢強く、厳しい労働条件でも不平を言わないので、農家には評判が良い。
だが、ドイツでは今年、失業者数が一時520万人に達し、戦後最悪の記録を更新してしまった。
そこで政府の職業斡旋機関では、今年から外国からの出稼ぎ労働者ではなく、ドイツの失業者を優先的にアスパラなどの収穫作業に従事させる方針を打ち出した。
失業者たちが慣れない農作業で腰などを痛めないように、政府ではまず体操などによって、トレーニングをさせることにしている。
ハイテクなど、新しい産業の開拓によって、雇用を生むのではなく、昔ながらの収穫作業に失業者を駆り出して、雇用状況を改善しようという、因循姑息(いんじゅんこそく)な手段に、私はこの国の経済の行き詰まりを感じる。
しかも、時給4ユーロでは、家賃もろくに払えない。
ドイツ人が収穫を始めたら、白アスパラの値段は、さらに上がるだろう。
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
保険毎日新聞 2005年6月