イスラエル紀行(2)テルアビブの海岸にて

私は毎年仕事で、イスラエルに最低1回は行く。

今年9月にテルアビブを訪れた時には、テロに対する警戒態勢が大幅に緩和されたことを、強く感じた。

2004年11月にアラファトが死亡して以来、イスラエルとパレスチナ自治体政府が、事実上の停戦状態に入っているからである。

2001年に初めてイスラエルを訪れた時には、エルサレムだけでなくテルアビブでも自爆テロが多発していたため、商店やレストラン、ビルの入り口で、ピストルや金属探知機を持った警備員に、カバンの中身を見せなくてはならなかった。

テルアビブの港にあるレストラン街の入り口にも、こうした警備員がいたのだが、今年はいなくなっていた。

テルアビブ空港から出発する時のカバンの検査も、例年ほど厳重ではなかった。

実際、去年9月にはイスラエル南部の乗り合いバスに対する自爆テロで、16人が死亡したが、今年に入ってからは、民間人を狙った大規模テロは、国内では報告されていない。

このため、欧米からの観光客が大幅に増えており、テルアビブのホテルは、米国やフランスからの観光客で満員の状態だった。

特にテロの標的となりやすい米国人が、目立つのは、彼らの間で警戒感が弱まっていることを示している。

テルアビブ港の周辺では、古い倉庫が次々にレストランに改造されて、週末だけでなく、平日の夜からものすごい繁盛ぶりである。

イスラエル人は、テロの危険があっても、外食が大好きなのである!

普通の生活を送ることこそが、テロに対抗する一番良い手段なのかもしれない。

こうしたレストランでは、海側に大きなテラスを設けて、テーブルを並べているので、岩壁に砕け散る波の音を聞きながら、新鮮な魚料理に舌鼓を打つことができる。

夜になると、昼間の熱波が弱まるので、地中海からの潮風にあたりながら食事をするのは、気持ちが良い。

またイスラエル人のウエイトレスは、ドイツと違って大変親切で、ほっとさせられる。

エルサレムで自爆テロが増えて、観光客が減ったので、テルアビブの海岸に移って来たレストランもある。

たとえばジャッファに近いレバノン料理店「エツェル・ピイニ・バハツァー」や、港に近い「ジリーズ」は、いずれもエルサレム脱出組だ。

朝には、青い海と、テルアビブの町をオレンジ色に染める朝日を見ながら、仕事前にジョギングをして汗を流す。

テルアビブの海岸地区は、どんどん整備が進んでおり、和平が長続きすれば、この町随一の繁華街に発展するかもしれない。

もちろん、新たなテロが起きて、状況が瞬時にがらりと変わりかねないことも、イスラエルの特徴なのだが。

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2005年10月