ドイツ・引越始末記(下)
私が住んでいるミュンヘンには、第二次世界大戦の激しい空襲を生き延びた、古いアパートがたくさん残っている。
私が住んでいたアパートも、日露戦争の頃に建てられたものを、戦後改装した建物だ。
天井の高さは4メートル近くあり、広々としている。
新築アパートにはない独特の雰囲気は、若い世代にも人気がある。
だが住み始めて、このアパートに様々な欠点があることに気づいた。
まず1970年代に行われた改装が、いい加減だったのか、窓の立て付けが悪い。
このため、冬には冷たい空気が部屋に入り込んでくる。
台所からベランダに通じるドアの内側に、氷柱(つらら)が下がっていたこともあった。
暖房は古いガスストーブ。点火すると、ほこりが焼ける匂いがする。
ストーブが窓際ではなく、部屋の奥に置かれているので、冷たい空気を遮断してくれない。
さらに、天井が高いために、暖かい空気は部屋の上の方に行ってしまう。
味のあるクラシック住宅だが、暖房効率はきわめて悪いのだ。
さらにドイツの新聞が、私のアパートから東に100メートルのところにある、自動車専用道路(ランツフーター・アレー)について、数年前に大きく報道した。
この地区は、大気汚染が、ドイツ全国の大都市の中でも、最もひどい場所の一つだというのだ。
特に、トラックやバスのディーゼルエンジンが出す微粒状浮遊物質(すす)の濃度が高い。
歩いて5分のところに粉塵濃度の観測ステーションがあることに気づいた。
長年この地域に住んでいた女性が、喘息を患っていたが、郊外に引っ越したところ治ったという話も聞いた。
また数年前に、アルコール依存症の失業者が隣に引っ越してきた。
昼間からビールを飲んでいる。
夜中にボリュームを一杯に上げてテレビを見たり、同居している女性とけんかをして大声で怒鳴りあったりするようになった。
朝の3時に泥酔して帰宅した隣人が、誤って私のアパートの呼び鈴を鳴らしたこともある。
私は「いいかげんにして下さい!何時だと思っているのですか」と苦情を言ったが、相手は酔っていて、まともな反応を示さなかった。
これらの理由から、11年住み慣れた古アパートに、別れを告げた。
引っ越したアパートには床暖房があるので、冬はとてもありがたい。
周りの人々も(今のところは)静かで、安眠妨害をされたことはない。
エレベーターがあるので、外国から帰ってきた時に、重いトランクを運び上げるのも楽になった。
2000冊近い本とファイルも、どうにか収まったようだ。
(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹) 筆者ホームページ http://www.tkumagai.de