ワールドカップと商魂
サッカー・ワールドカップの舞台ドイツでは、大会のシンボルマークを付けたカバンやTシャツ、バッジなどの商品が、空港や駅の売店にあふれている。
ドイツ企業の中には、社員が試合を見たくて仕事中に気もそぞろになってしまうのを防ぐために、夕方に中庭にテントを設置して飲み物を出し、大型スクリーンで観戦させるという、気前の良い会社もある。
さてミュンヘンで試合が行われているのは、空港と市街地の間にある、巨大な救命ボートのように見える真新しい競技場。
夜は照明で真っ赤な風船のように見える。この競技場はドイツ最大の保険会社アリアンツの名前をつけて「アリアンツ・アレーナ」と呼ばれており、近くを通る高速道路からも「アリアンツ」の社名がはっきり見える。
ところが、ワールドカップの期間中だけは、この社名にカバーがかけられ、競技場の名前も「ワールドカップ・スタジアム・ミュンヘン」と改名される。アリアンツが大会のスポンサーではないからである。
またハンブルクの「AOLスタジアム」という競技場も、AOLがスポンサーではないので、期間中は「FIFAワールドカップスタジアム・ハンブルク」と別の名前を付けられる。
こうした厳しい措置は、FIFAつまりワールドカップの主催者である国際サッカー連盟の指示によるものである。
FIFAは他の企業がワールドカップによって、売上高を増やすのを防ぐために、必死になっている。
たとえば今年4月末には、ドイツの連邦裁判所がFIFAに対して厳しい判決を下した。
FIFAは、ドイツのサッカーボール、スポーツ用品から、菓子、肥料、洗面所のティッシュ容器、歯の詰め物の材料に至るまで、860種類の商品やサービスについて、「サッカー・ワールドカップ・2006」という表示を、FIFAの商標権としてドイツ商標庁に登録していた。
他の企業がワールドカップによって稼ぐことを、防ごうというのである。
これに対し、イタリアの菓子メーカーであるフェレーロ社と、ある広告代理店が、「ワールドカップという名前は、イベントをさすもので、特定の企業などを示すものではないのだから、商標権として独占するのは不当だ」として、連邦裁判所に提訴していた。
裁判所は原告の訴えを認め、FIFAが「サッカー・ワールドカップ・2006」という表示の使用を他社に禁止するのは違法だという判断を下した。
この判決は、FIFAがワールドカップのビジネス上の使用権を保護することに、いかに躍起になっているかを示した。
ところで、アリアンツ・アレーナがあるミュンヘンは、中世以来のビールの本場。
ところが、ドイツのビールメーカーは、ワールドカップの公式スポンサーではないので、競技場でビールを売ることはできない。
スポンサーは米国のバドワイザーなので、観客の皆さんは、バイエルン州のビールとは天と地の違いもある、米国産の薄いビールをお楽しみ下さい。
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)保険毎日新聞 2006年6月