新ベルリン探訪(下)

ベルリンの名所の一つ、いかめしいブランデンブルグ門の周りは、豪華ホテル「アドロン」が再建されたり、フランス大使館、英国大使館が開かれたりして、第二次世界大戦前の、華やいだ雰囲気を取り戻しつつある。

だがこの門から100メートルほど南の広場に、繁華街にふさわしからぬ、異様な光景が広がっている。


広大な空き地に、まるで黒い棺のように見える大きな石板が、大量に並べられているのだ。

これは、ナチスドイツによって殺害された、約600万人のユダヤ人に捧げる、壮大な追悼プロジェクトである。

米国の建築家、デイヴィッド・エイゼンマンがデザインしたこの巨大な追悼施設では、1万9000平方メートルの敷地に、2万7000枚の石板が並べられる。

ドイツ政府が1999年以来建設しているもので、今年の春には完成する予定である。


この付近は、ナチスが権力を握っていた時代に、悪名高いSS(親衛隊)に属する秘密国家警察ゲシュタポの本部や、総統官邸があった場所で、ナチス崩壊後はベルリンの壁のために無人地帯となっていた。

つまり、ナチスという犯罪者集団を権力につけ、増長を許したために、ドイツと周辺の国々が体験した惨禍の根源を、何よりも象徴する場所なのである。

その意味で、ドイツ人がユダヤ人に対して犯した深い罪を、反省するための記念碑を作るためには、適した場所と言える。

私が訪れたのはベルリンが大雪に見舞われた2005年2月で、黒い石碑と、降り積もった白い雪のコントラストが、荘厳な雰囲気をかもし出していた。

同時に、こうした気が重くなるような施設を、目立たない郊外ではなく、ブランデンブルグ門の横という、新しいベルリンの中心部(しかも新しく建設される米国大使館の隣り)に建設する事実は、「ナチスの過去を忘れず、次の世代に語り継ぐ」というドイツ政府の固い決意を物語っている。

財政難の中、2700万ユーロ(約37億8000万円)もの公的資金をつぎこんで、追悼施設を建設する姿勢にも、「我々はナチスをいつまでも糾弾し、犠牲者を忘れない」と各国に常に示すことを国是としているドイツ政府の、原則が表れている。

戦後ドイツ政府は、反省と謝罪を続けることによって、欧州諸国のサークルに仲間入りすることができたのである。

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2005年4月5日