ドイツ・混合診療の実態(上)

日本では、公的健康保険だけではなく、民間の健康保険を導入したいわゆる混合診療の是非について、議論が盛んに行われている。

私が住んでいるドイツでは、すでに何十年も前から混合診療が行われているので、私の経験も交えてこの国の現状をお伝えしよう。


この国では、所得が一定の水準を超える市民は、公的健康保険から、民間保険に切り替えることができる。

公的保険では、患者は保険証を見せるだけで、自分の治療にいくらお金がかかっているかわからないが、民間保険では、医師や病院から請求書が患者に直接郵送されてくるので、患者は請求書を保険会社に送り、保険会社から治療費が振り込まれてきたら、自分で医師の銀行口座に治療費を振り込まなくてはならない。

事務手続きは、公的保険に比べると、はるかに煩雑である。


また、公的保険では、世帯主の保険で家族全員がカバーされるが、民間保険では、家族一人につき別個の保険料を払わなくてはならない。

このため、家族が多い人には公的保険が絶対有利である。

民間保険の保険料は、独身であるかぎり、公的保険よりも少し安い。

しかし、結婚すると保険料がただちに2倍になってしまう。

私が毎月払っている健康保険料は、二人分で633ユーロ(約8万9000円)にのぼる。

つまり、共働きでもしていない限り、保険料が高くなってしまうので、勧められない。

しかも私の場合、保険料の高騰を防ぐために、家族一人あたり年間1000ユーロ(14万円)まで治療費を自己負担している。

払った治療費がこの額を超えないかぎり、保険会社は医療費を払ってくれないのだ。


病気をしないにこしたことはないが、1年間の治療費が自己負担の額以内で納まってしまうと、「いったい何のための保険だろう」と首をかしげたくなってしまう。

自己負担額が高いと、なるべく医者にかからないようにするので、こういう市民が増えれば、徐々に国全体の医療支出は減っていくだろう。

しかも、いったん民間保険に移ってしまうと、失業でもして所得が激減しない限りは、公的保険に戻ることはできない。

私も、結婚した後、保険料の高さに仰天して、公的保険に戻ろうとしたが、にべもなく断られた。

こうした事情も手伝って、旧西ドイツで民間保険を持っている人は、全体の10・8%、旧東ドイツでは1・8%にすぎない。(続く)

(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2005年3月10日