ドイツ・混合診療の実態(下)
米国で病院に行った時、診療室に入った私に、医師は「どこが悪いのですか?」と聞くよりも先に、「どのクレジットカードをお持ちですか?」と尋ねた。
ドイツの医療はここまでビジネス化していないが、健康保険制度の改革によって、似た現象が現われ始めている。
公的健康保険の赤字が深刻化し始めた90年代後半以降、ドイツ政府は公的健康保険を持っている患者に対して、医師が請求できる年間の医療費に、上限を設け始めた。
また去年から公的保険でも、四半期ごとの自己負担が導入されたので、医師にかかる市民の数も減り始めた。
ところが、民間の健康保険を持っている患者には、このような上限はない。このため、医師にとって民間の健康保険に入っている市民は、「金の卵」である。
ドイツでは、急患の場合を除いて、医師にかかる場合、アポイントメントを取らなくてはならない。
公的保険に入っている患者が、予約を取るのに2ヶ月待たなければならない場合でも、民間保険に入っている患者は、優先的に予約を取れることがある。
また、ミュンヘンのある整体医は「民間保険の患者以外は、受け付けません」と看板に書いている。
このため、私は医院に電話をかける時、アポの日時を言う前に、まず民間保険に入っていることを、明言することにしている。
電話口の職員の対応が、全く違うからだ。つまりドイツでは、混合診療によって、医療が二つの階層に分かれる兆しが現われているのだ。
もっとも、かつて高福祉国家として有名だったドイツでは、患者に対する基本的な待遇は、公的保険しか持っていなくても、決して悪くはない。
公的保険だけでも、病院に入院する時は、個室か多くても2人部屋が当たり前。部屋には必ず患者一人につき1台電話があるので、日本のように、点滴の袋をぶら下げながら、電話をかけるために公衆電話まで行く必要はない。
日本のような6人部屋というのは、ありえない。さらに病院や医院では、診療室はもちろん、待合室から洗面所に至るまできわめて清潔で、ドイツらしい衛生観念が隅々まで行き渡っている。
ただし少子化と高齢化が急速に進むこの国では、公的保険制度を現在のまま維持することは不可能というのが常識になっており、公的健保に加盟していない自営業者、弁護士、公務員を強制加盟させる案などについて、現在政治家たちの間で激しい議論が行われている。
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
2005年3月14日保険毎日新聞