イスラエル紀行(1) 自爆テロの恐怖


8月31日の午後、私はテルアビブの目抜き通りでタクシーに乗り込んだ。車内に、ラジオからアナウンサーの緊迫した声が響いている。

ヘブライ語なので内容はわからないが、臨時ニュースのようだ。イスラエル人の運転手は、「狂信主義者の奴らめ!」と怒鳴りながら、拳でハンドルを叩いている。

イスラエル南部のベールシバで、パレスチナ系テロ組織ハマスが、自爆テロで二台の乗合バスを破壊し、乗客16人を殺害した他、100人に重軽傷を負わせたのである。犠牲者の中には子どもや若い女性も含まれていた。

イスラエルでは今年に入ってから、自爆テロの数が去年に比べて大幅に減っており、特にバスを狙われて死者が10人を超える悪質なテロは、1件も起きていなかった。その理由は、イスラエルがヨルダン川西岸のパレスチナ自治区を囲むようにして、防護壁を建設し、テロリストがイスラエルに潜入するのを防ごうとしていることと、パレスチナ自治区に重武装の戦闘部隊を派遣して、テロリストへの捜査を強化していることである。

だが、ヨルダン川西岸地区の南側では、まだ防護壁が完成していなかった。今回の自爆テロの犯人たちは、ヨルダン川西岸地区・南部のへブロン出身で、壁がなかったことからベールシバに容易にたどりつくことができたのである。

イスラエル政府は、報復として、テロの犯人たちが住んでいた家から家族を追い出して、爆破するとともに、ヨルダン川西岸地区の南部でも、防護壁の建設に拍車をかけ始めた。

この壁については、国連の国際司法裁判所が、「パレスチナ人の人権を侵害する」として、即時撤去を求めるなど、国際社会の批判の的になっているが、イスラエル市民にとっては、自爆テロを減らす上で重要な防衛手段なのだ。

イスラエル軍と警察は、パレスチナ側に送り込んでいるスパイの情報によって、自爆テロの80%を未然に防ぐことに成功している。しかし、残りの20%は、イスラエル市民の間に死をばらまく。この事件の直後、ハマスの根拠地があるパレスチナ自治区・ガザでは、パレスチナ人たちが広場を埋め、手を叩き、歓声を上げて自爆テロの成功を祝った。

イスラエル軍は爆薬や武器、テロリストを発見するために、ガザに駐留させている戦闘部隊を増強した。さらに9月7日には、ガザでハマスの訓練基地を爆撃して、15人を殺害。憎悪と流血の連鎖は、果てしなく続く。(熊谷 徹 ミュンヘン在住)


保険毎日新聞 2004年10月26日