米国人のセキュリテイー感覚
筆者が子供時代を送った古き良きアメリカは、今に比べるとのんびりしていた。
当時の子供たちは、暗くなるまで外で遊びまわっていたものだが、今では誘拐の可能性があるので、「ちょっとでも子供が視野からはずれると不安になる」とアメリカ人の親たちは言う。
さて、ワシントンDCで泊まった家にはジャーナリストの女性が、一人で住んでいた。
少なくとも寝室が6つ、ダイニングルームが2つ、暖炉のある巨大なリビングルームに温室、グランドピアノが小さく見えるほど広々とした書斎、そのほかに地下室もあるだろう。
嗚呼、こういう家に住むから、欧米人は我々の家をウサギ小屋と呼ぶのか。
だが米国は犯罪が多いために、防犯設備は厳重である。鍵を開けてから、40秒以内に暗証番号を入力しないと、大音響の警報がご近所に鳴り渡り、即座に警察が来てしまう。
「日本の家は鍵を閉めなくても安全だというが、本当か」と聞くので、それは60年代のことではないかと答えた。
一方、米国市民は、銃を持つのはあくまでも自衛のためと言い張るが、いざという時、侵入者をうまく撃てる市民はほとんどいないそうだ。素人は身近な人を誤って撃ってしまうことが多い。
たとえば、ある女の子が親の留守中に、友達と遊んでいるときに、たんすに隠れ、帰ってきた父親を驚かそうと思って飛び出したところ、びっくりした父親が娘を射殺してしまったという事件もある。
同時多発以来、米国ではホームランドセキュリテイー(米本土安全保障局)がいたるところで目を光らせている。
入国時に厳しく調べられるだろうと覚悟していたのだが、意外とあっさりとしていて、拍子抜けした。
ある空港では、ゴミ箱に大きなスーツケースが捨ててあった。
旅行者が捨てたのだろうとは思うが、これだけテロが多い時代に、あまりいい気はしない。
イラン出身で米国に帰化している知人は、中東系ということがすぐにわかる顔つき。
ところが、彼は同時多発テロ以来、逆に厳しく検査されなくなったという。
彼の持論はこうだ。空港の検査スタッフは低賃金で働いている。
それでも一応、仕事をしているということを示す必要があるから「安全に見える市民」を集中的に検査する。
万が一、爆発物を持っている人を検査して、目の前で自爆されたら、巻き添えになってしまう。
だから中東風の乗客などは、詳しく検査せずに素通りさせるというのだ。
自由の国、アメリカの裏側には、数々の逸話があり、苦笑させられる。
(文・福田直子 絵・熊谷 徹)
保険毎日新聞 2005年10月