サービス王国ニッポンに学べ

 私が住んでいるドイツでは、サービスを受けたらチップを払わなければならない。

レストランや喫茶店のウエイトレス、タクシー運転手、理髪店、美容院、クリーニング店、運送業者、ホテルで荷物を運んでくれるボーイさんには、サービスの対価としてチップを払うのが習慣となっている。

ドイツでの生活に慣れた者が日本に行くと、極めて質の高いサービスを受けられるので、びっくりする。

しかも日本ではチップを払わなくても良いので、改めて感心する。

東北地方の海岸にある温泉で、あるホテルに泊まった。到着すると、まず無料で抹茶と菓子を振舞われる。

団体客が浴場に入っておらず、空いている時間を、尋ねもしないのに教えてくれる。

ある日客室係の女性に、「明日は午前10時ごろ町に行くと思いますね」と雑談の中で言った。

すると翌朝10時には、頼んでもいないのに、従業員が、私たちのレンタカーを、ホテルから離れた駐車場から玄関の前に移しておいてくれた。

運転中に眠くなるのを防ぐために、ペパーミントの利いたガムをくれる。

部屋に置かれた資料には、町の名所だけでなく、レストランや喫茶店、バーの住所と電話番号が網羅されている。客が夕景を楽しめるように、その日太陽が水平線のかなたに沈む時刻を記載した紙も、置かれている。

 まさに、かゆい所に手が届くサービスである。ドイツでは、どんなに高級なホテルに泊まっても、これだけ細かいサービスは期待できないだろう。

このサービスには、最大限の想像力を働かせることにより、客が何を期待しているかについて、気配りをする日本人独特の感性が反映している。

自分を殺し、相手の立場になって物を見るという、繊細さである。

ドイツでは個人主義が強く、他者にサービスをすることが、日本に比べると重視されていない。特にドイツでは、顧客の問い合わせに答える電話サービスの質が非常に低い。電話口で客が怒って、折角のビジネス・チャンスが逃げてしまうことも多いに違いない。

最近では人件費節約のために、顧客が電話をかけると、コールセンターに行き着く前に、まず人間ではなく音声認識装置と会話を強いられることも多いが、これは非常に悪い印象を与える。

ドイツ語の発音が悪いと、音声認識装置から「あなたの言っていることが理解できません」と何度も言われて、気分まで滅入ってしまう。

サービスは、顧客の満足度を高め、好印象を与えてリピーターにする上で、重要な手段である。顧客サービスについては、ドイツが日本から学べることは、少なくないと思う。

(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹) 筆者ホームページ http://www.tkumagai.de


保険毎日新聞 2007年7月