IGメタル・スト中止の衝撃 (労働組合はなぜ負けたか

2003年の夏、ドイツ経済の流れに大きな変化が起きつつあることを示す、特異な出来事が起きた。この国で第二位の規模を誇る産業別組合、IGメタル(全金属産業労働組合)は、旧東ドイツの電機・金属工業関連の企業に関して、週の労働時間を35時間に減らすことを求めて、今年5月4日から、ストライキを行っていたが、目標を達成できないまま、6月30日にストを中止したのである。IGメタルが、目標を達成していないにもかかわらず、ストを中止したのは、過去50年間で初めてのことである。

* 時短交渉が決裂

IGメタルのK・ツヴィッケル委員長は、組合員に対して無理な要求をしないよう、自制を求めていたが、次期委員長に就任することが決まっている、執行委員J・ペータース氏は、旧東ドイツのオペルの自動車工場などから、ストライキを決行した。そして、一つの産業部門の全企業に適用される、基本労働協約に週35時間労働を盛り込むべく、経営者団体と交渉を開始した。

ところが、経営者側はスト長期化の兆しにも動じることなく、労働時間短縮の要求に対して頑として首を縦に振らなかった。6月末の16時間にわたる交渉が決裂した時、白旗を掲げたのはIGメタルの方だった。同組合は、「基本労働協約に関する交渉では合意に至らなかったため、今度は個々の企業の労働協約に中に、35時間労働を盛り込んでいく」という声明を発表しているが、敗北感は濃い。組合員の間からは、ペータース次期委員長は引退することで責任を取るべきだという声も上がっている。

BDA(ドイツ経営者連盟)のD・フント理事長は、「電機・金属産業のストは中止になったものの、経営側はとても勝利の気分に浸っている場合ではない。IGメタルが旧東ドイツで恣意的に始めた今回のストのために、各企業だけでなく、旧東ドイツの経済再建計画にまで、大きな損害が生じたからである」と述べ、IGメタルを厳しく批判している。

* 現実から遊離したIGメタル

ドイツで一年間にストライキのために失われる労働時間は、フランスやイタリアに比べるとはるかに少ない。基本的に合意社会の伝統が強いドイツでは、ストライキはめったに抜かない伝家の宝刀である。したがって、およそ半世紀にわたって権威と影響力を誇っていたIGメタルが、久しぶりに真剣を大上段に振りかぶったものの、道半ばにして腰砕けしてしまったことの意味は大きい。

なぜ今回のストは失敗に終わったのだろうか。統一から13年経っているにもかかわらず、失業率が20%に近い旧東ドイツの労働者や各企業の事業所委員会にとっては、労働時間を短縮するよりも、厳しい経済状況の下で、雇用をどう確保するかという問題の方がはるかに重要である。実際、ダイムラー・クライスラー社やオペル社では事業所委員会の委員長が、旧東ドイツのストライキを公然と批判するという異例の事態となった。ドイツの経済成長率がほぼゼロに近づきつつある中、労働者にとって、自分の明日の仕事がどうなるかが、最大の関心事であり、労働時間の短縮というのは、二の次である。つまり、IGメタルの方針は、旧東ドイツの労働者にとってやや現実離れしたものだったと言わざるを得ない。

* 劣る条件でも雇用が最重要

IGメタルやヴェルディなど、ドイツの労働組合はここ数年、組合員数の減少に悩んでいる。特に旧東ドイツでは、基本労働協約を使用せず、独自の賃金体系・労働時間を受け入れる企業が増えつつある。失業禍が続いている旧東ドイツでは、IGメタルなどが経営者との交渉で勝ち取る基本労働協約より悪い条件でも、解雇されずに働けるほうがましと考える労働者が増えているのだ。旧東ドイツ経済の最大の問題点は、賃金水準は旧西ドイツの70%に達しているのに、労働生産性は旧西ドイツの3分の1にすぎないことである。経営者にとっては、全国一律の賃金体系にとらわれず、企業の経済状態に合わせた賃金や労働条件を採用することは、自由市場の原理に基づくものであり、好ましいということになる。

* 変化を求められる基本協約

以前は労働組合と深い関係にあった社会民主党(SPD)も、シュレーダーの首相就任で、変質した。彼が1999年6月に英国のブレア首相とともに発表した文書によると、シュレーダー氏は、社会保障に国家が関与する部分を減らし、市民や労働者の自己責任を重視することによって、民間部門を活性化し、ドイツ経済の競争力を高めることを大きな目標として掲げている。つまり、社会保障を重視する労働組合とは距離を置き始めたわけである。

実際、社会保障の削減が不可避となっており、グローバル化にともなう産業の空洞化が日常茶飯事となっている今日のドイツは、労働組合にとって極めて不利な環境である。取締役会のお目付け役である監査役会に、事業所委員会の代表が参加できるなど、ドイツの労働組合は米国や日本に比べてはるかに大きな影響力を持ってきたが、今回IGメタルが一敗地にまみれたことは、労働組合が21世紀の経済で生き残るために、大きな自己改革を迫られていることを象徴しているのかもしれない。個人の自由時間を守ってくれる労働基準法や解雇防止法など、労働者がせっかく勝ち取った権利をむざむざ手放す必要はないが、労働組合も経済大波乱の時代の要請に合わせて路線を変化させることを求められているのかもしれない。特に全国一律に同じ賃金や条件をあてはめる基本労働協約を将来どう改革するかについては、今後徹底的な議論を行うべきだろう。

週刊 ドイツニュースダイジェスト 2003年8月2日号掲載