イラク戦争と日本人

 11月29日に、イラクで日本の若い外交官二人が車で移動中に射殺された事件は、多くの日本人に、強い衝撃を与えた。

しかしイラクの抵抗勢力は、肌の色が米国人とは違うからといって、日本人や韓国人を区別しない。彼らにとって米国を支援するためにイラクにいる外国人は、全て敵である。

ドイツに住んでいる私の目から見ると、日本ではバグダッド陥落以降、イラクで何が起きているか、特になぜ治安が悪化し、米軍に対する攻撃がやまないのかについて、ドイツや米国に比べると、突っ込んだ報道がはるかに少なかった。このために、イラクが今も戦場であるという認識が足りなかったのではないか。外務省が、車で長距離を移動する外交官に、武装した護衛を付けていなかったことは、そのことをはっきり示している。

イラクを占領した米軍は、40万人のイラク軍兵士を、退職金も払わずにただちに解雇した。このことは兵士たちの米軍への怒りを増幅し、一部の戦争のプロたちは地下に潜って、抵抗活動に加わっていると見られる。いまでは占領軍当局の間でも、軍の解体は誤りだったという意見が出ている。イラクには、何万丁もの自動小銃、何万トンもの弾薬が出回っており、ゲリラが跳梁するには適した環境なのである。

米軍がイラクで家宅捜索を行う模様の映像を何回か見たが、人々が寝静まっている所に完全武装の兵士が押し入って、妻の洋服ダンスをかきまわされたり、住宅をいきなり接収されて家具を庭に放り出されたりしたら、サダムフセインを憎んでいたイラク人でも、米国を嫌いになるだろう。つまり米国はベトナムで失敗したように、大半のイラク市民の心をつかむという努力を怠り、毎日敵を増やしているのだ。人間はパンのみで生きるものではない。

さて小泉政権は12月9日、イラクへの自衛隊派遣を正式に閣議決定した。戦後初めて、紛争地域へ軍隊を派遣するという、歴史的な決定である。私は、9月11日事件を起こしたような国際テロ組織に対して、米国が行う対テロ戦争については、日本も軍事貢献を含めて全面的に支援するべきだと考えている。ただし、日本が支援するのは、国連の安全保障理事会が了承した軍事行動に限るべきだ。イラク戦争のように、米軍が国連のお墨付きを得ないまま行った攻撃は、国連憲章に違反するものであり、同盟国といえども拒否するべきであった。さもないと、日本は米国の国際法違反を容認し、国連の空洞化に拍車をかけることになるからである。

日本では、イラクへの自衛隊派遣をめぐって、この戦争が何を目的として始まったかについての議論が、あまり行われていない。「化学兵器や生物兵器などの大量破壊兵器を発見する」というブッシュ大統領の当初の目的は、いまだに達成されていないのだ。小泉政権にしてみれば「朝鮮半島で何か起きた時に守ってくれるのは米国しかいない」という計算で、米国を支援するのだろう。

過去50年間にわたって、日本政府が防衛については米国に頼りきりで、アジア独自の安全保障構想を打ち立てる努力を怠ってきたことのつけが、若い外交官や自衛隊員たちに押し付けられようとしているような気がしてならない。

保険毎日新聞 2003年12月19日