イラク危機・米独の認識のずれ



ブッシュ大統領は、「イラクで政権交代が実現すれば、中東に民主化をもたらすきっかけになるだろう」と発言したことがある。イラクで独裁者が排除されれば、中東諸国が次々に民主化され、イスラエル人とパレスチナ人の抗争をも抑える効果があるというのだ。

米国の自信の背景には、非民主国家だった日本とドイツを軍事力で打ち破った後、みごとに民主国家の仲間入りをさせることができたという、歴史的な事実があるのだろう。だが欧州では、ブッシュのこの発言を聞いて、首をかしげる向きが多かった。日独と中東を同列に並べて論じることはできないからである。

特にドイツ人の間では、「様々な部族や異なる民族が抗争を繰り返してきた中東に、アメリカ人が考える民主主義のシステムを導入できるという理想主義は、思い込みではないのか」という疑問の声が相次いだ。

冷戦の時代、米国は南ベトナムを、インドシナ半島で共産主義に対抗する防波堤にしようとしたが、ベトコンや北ベトナムの耐久力を過小評価したことや、南ベトナムの民心の掌握に失敗したことから、撤退をよぎなくされ、ベトナムの共産化を許した。

対テロリズム戦争についても、米国とドイツの間には大きな認識の違いがある。米国にとっては、9月11日事件で安全保障に関する基本的な考え方が覆された。建国以来始めて本土が直接攻撃を受け、民間人を中心に約3000人の死者を出すという初めての事態に、自らの脆弱性を目の前に突きつけられたのだ。したがって、政府は同時多発テロの再発につながる、あらゆる可能性を予防的に排除することを、防衛戦略の最重点項目に置いた。

つまり彼らにとってイラクに対する戦争は、第二の9・11を防ぐための、防衛手段なのである。サダムフセインが過去に化学兵器や生物兵器を持っていたことから、ブッシュ政権にとっては、テロリストにそうした兵器が渡される可能性はつぶすことが至上の命題なのだ。これに対しドイツでは、「米国は9・11の衝撃によって常軌を逸した行動に走っており、イラクとアル・カイダの間に繋がりがあるという証拠はない」として、戦争に反対してきた。

第二次世界大戦での経験から、戦後は平和主義的な色彩の強い国に生まれ変わったドイツは、戦争によって問題を解決するという米国の姿勢を原則的に受け入れられないのだ。大西洋の間に横たわっているのは、悲しい認識のずれである。ドイツは9・11を経験していないため、米国の怒りと恐怖感を理解することができない。米国は、ドイツのように自国で敵国との間で地上戦が行われた経験がないため、ドイツの戦争に対する反発を理解できない。

このギャップを埋めるためには、対話による相互理解の試みが必要なのだが、シュレーダーとブッシュのようにコミュニケーションが下手な政治家の間では、不協和音は当分続きそうだ。


週刊 ドイツニュースダイジェスト 独断時評 4月25日号掲載