保険毎日新聞 2003年1月24日掲載

対テロ戦争と人権侵害                熊谷 徹

米国のCIAやFBIでテロリスト対策を担当している人たちには、クリスマスも正月もなかったはずだ。史上初の米国中枢部へのテロ攻撃で、2000人を超える犠牲者を出した9・11事件から一年三ヶ月も経っているのに、米国は首謀者と見られるビン・ラディンを逮捕することができないでいるからだ。

捜査当局は、報道機関に送られたテープなどから、ビン・ラディンが生存しているという見方を強めている。テロリストをアフガニスタンにかくまっていたタリバン政権の重要人物、オマー師の生死も確認されていない。このことは、毎年何10億円もの予算を与えられているCIAやFBIが、ビン・ラディンの周辺に情報提供者を確保することができないでいることを、はっきりと示している。

いくら偵察衛星などの情報収集技術が発達していても、ビン・ラディンはパキスタンの山岳地帯の洞窟に隠れて、携帯電話を使用しないでいればよい。スパイからの情報なしには、米国には手も足も出ないのだ。

米国政府にとっては、ビン・ラディンの逮捕だけでなく、核、生物、化学兵器などを使った次の大規模テロを防止することも、重要だ。このため、米国政府はテロ容疑者については、弁護士を雇う権利を与えず、無期限に拘束して尋問することを可能にするため、通常の法律体系とは別の、「超法規的」な法律制度を作ることを検討している。CIAと米軍は、アル・カイダの構成員ら約3000人を、すでにアフガニスタン、カリブ海やディエゴ・ガルシアの軍事施設に期限なしで拘留し、尋問を続けている。米国は彼らを単なる犯罪者ではなく、「敵の戦闘員」とみなしているため、無期限の拘留が許されるとしている。これらの施設には弁護士はおろか、報道関係者も立ち入ることができない。

CIAは、アル・カイダの捕虜が口を割らない時には、サウジアラビアやエジプトなどの情報機関に捕虜を預け、拷問を使って尋問させることもあると伝えられている。捕虜に24時間にわたり照明を当てることによって、眠らせないという方法も使われているという。法律の国アメリカが、法律が通用しない「裏の世界」を作る・・・・・。

全くテロの関係のない市民でも、何かの間違いでこの「裏の世界」に連れ込まれてしまったら、弁護士をつける権利すら剥奪されてしまうのだ。このことは、米国が9・11事件以降、すでに戦時下にあるということを示している。冷戦の時代に、米国は中南米やアジアで、共産主義勢力に対抗するために、軍事政権をしばしば支援し、そうした国の軍や情報機関が人権侵害を行うことを黙認してきた。

今、我々の目に見えない所で、対テロ戦争の大義名分のもとに再び人権侵害が行われているとしたら、「自由と正義、民主主義の国」アメリカの栄光に傷がつくのではないだろうか。(ミュンヘン在住 熊谷 徹)