自由の国アメリカはどこへ行く

 米国の捜査当局は、アル・カイダが昨年のクリスマス休暇中に、再び旅客機を使った自爆テロを行うという情報をつかんだため、フランスや英国政府に要請して、米国に向かう旅客機の内、不審な人物が搭乗した疑いのある約10便をキャンセルさせた。

キャンセルされなくても、米国に向かった飛行機の中には、戦闘機で追尾されていた機まであるというから物々しい。欧州で流れている情報によると、自爆テロの標的は、米国東海岸の原子力発電所だったとも言われている。

外国から米国に向かう飛行機は、離陸から15分以内に無線で乗客名簿を米国の入国管理当局に送らなければならない。乗客や荷物のチェックが入念に行われておらず、不審な点があると、米国側が着陸を拒否し、旅客機は離陸した空港に逆戻りさせられることもある。このエピソードは、諜報機関がテロに関する情報を入手できる態勢を整えつつあることを示している。だが同時に、アフガニスタンとイラクで戦争の勝者となった米国が、テロリズムに対する戦争では、まだ勝利を収めていないことも浮き彫りにしている。

国民の間では、アル・カイダの次の大規模テロに対する不安が高まっている。こうした中、米国政府は今年一月から、入国管理政策を厳しくし、アラブやアジアの特定の国々からの入国者には、観光でもビザの取得を義務付けるようになった。新しい制度によると、外国人が米国大使館や総領事館でビザを取得する際には、スキャナーで指紋を取られ、デジタルカメラで写真を撮影される。ビザを持った外国人は、米国に入る際に再び指紋を採取され、写真を取られるが、入管の係官は、このデータを大使館からのデータと照合して、本人であることを確認するわけである。

ちなみにドイツなど
EU加盟諸国の市民には、米国に3ヶ月までビザなしで滞在することができるが、ジャーナリストだけは滞在期間の長さにかかわらず、米国に入国する際にビザの取得を義務づけられている。あるジャーナリストは入国の際に何を取材し、だれに会うのかまで質問されたという。

また米国政府はキューバの租借地であるグアンタナモに収容所を建設し、9月11日事件以降、アフガニスタンやパキスタンで逮捕したアラブ人ら600人を拘束している。米国政府はこれらのアラブ人たちを「タリバン政権の残党やアル・カイダの関係者」とみて、ジュネーブ協定に基づく戦争捕虜ではなく、「不法な戦闘員」と定義づけている。このため、これらの囚人たちは捕虜としての扱いを受けられないだけでなく、令状もないまま拘束され、弁護士や赤十字も面会することができない。

拘留がいつ終わるかについても全く見通しが立たないため、外国だけでなく米国でも「人権侵害」という批判が強まっている。英国の国籍を持つ9人のアラブ人がグアンタナモに収容されているため、同国の議員や裁判官の間からは、「法律の適用されない真空地帯を作る危険な試み」という指摘も出ている。去年12月末にサンフランシスコの控訴裁判所は、「グアンタナモの囚人たちを通常の刑事裁判にかけたり、弁護士を任命したりすることを米国政府が拒否しているのは、憲法違反だ」という判決を下している。テロとの戦争は重要だが、そのために人権や表現の自由が抑圧されるとしたら、「自由の国アメリカ」の名前が泣くのではないか。(熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2004年1月27日