ドイツ・電力自由化の影 (ある個人需要家の嘆き)

 去年の10月21日、私はミュンヘンの公営電力会社SWMから、一通の封書を受け取ったが、内容を読んで驚いた。私は2000年12月1日に、電力の購入先をSWMからイエローに切り替えたのに、SWMが「2001年1月1日から現在まで、あなたはSWMへの電力料金を滞納している」として、2249ユーロ(30万4000円)の支払いを要求してきたのである。

* 契約解除に不備?

私は何かの間違いだと思い、同社に電話をかけ、「SWMとの契約については、2000年末にイエローが解除したのだから、私はSWMから電力を買っていない。この間イエローに電力料金を払ってきたのだから、二重払いなどできない」と事情を説明した。ところが電話口に出てきたSWMの職員は、氷のように冷たい口調で、「イエローは、あなたのSWMとの電力購入契約をきちんと解除していない。だから、あなたのSWMとの契約はこの三年間続いていたのであり、あなたは当社に電力料金を払わなくてはならない」と言った。私はやや不安になって、イエローに電話した。イエロー側は「SWMとの契約はきちんと解除されている。SWMに連絡を取って、あなたに送られた2249ユーロの請求書が無効だということを確認させる」と答えた。

* 公営電力のいやがらせか

ドイツでは1998年の電力市場自由化によって、市民も電力供給先を変えられるようになったが、その際には需要家が契約を解除する必要はなく、新しい供給会社が元の供給会社に連絡して、契約を解除することになっている。電力業界の関係者から、「ドイツの公営電力会社の中には、購入先を切り替えた顧客に対して、契約解除の不備に基づく多額の請求書を送りつけるなどの、いやがらせをする例がある」と聞いたことがあるが、SWMからの多額の請求書も、こうした趣旨だったのかもしれない。私はSWMとイエローの両方への問い合わせのために、時間を浪費させられただけでなく、30万円相当の請求書を送りつけられて、不快な思いをさせられた。SWMにはその後5回にわたりファックスで回答を求めているが、何の音沙汰もない。二月末になってようやくイエローから「SWMは請求書を取り消した」という連絡が来た。

* イエローでも料金引き上げ

ところで私はイエローに対しても不満を持っている。4年前にイエローに切り替えた最大の理由は、電力価格が割安だったことだが、その後環境税、再生可能エネルギー促進税などが増加したほか、電力料金そのものも、引き上げられてしまった。2000年12月1日からの1年間には、1ヶ月の電力料金は基本料金が9・7ユーロ(1310円)と1キロワット時あたりの料金が9・7セント(13円)だった。ところが、2002年からは基本料金が66ユーロ(891円)、1キロワット時あたりの料金が66セント(9円)に下げられたかわりに、新たに送電線使用料として、1キロワット時あたり66セントが徴収されることになった。その後も料金は毎年引き上げられ、キロワット時あたりの料金は、私が加入した年に比べて41%も上昇した。私は毎年約8500キロワット時の電力を使うので、一年間に支払う電力料金は981ユーロ(13万2400円)に達しているが、イエローは「今年四月にキロワット時あたりの料金を16%引き上げる」と通告してきた。

* 個人への恩恵はゼロに等しい

同社は100万人の顧客を持ち、自由化後の新規参入者としては最も成功した会社だが、親会社のENBWでは業績が悪化し、2003年の上半期には9億2700万ユーロ(1251億円)もの赤字を計上している。料金引き上げは、それとも関係があるのだろうか。電力会社切り替えがもたらしたものは、煩わしさと不愉快な体験だけだった。ドイツの市民にとっては、電力自由化の恩恵はほとんど感じられないということが、私の体験からご理解頂けると思う。

電気新聞 2004年3月31日