スペイン列車テロと日本


今年三月、マドリードの通勤列車にしかけられた爆弾によって約200人もの市民が殺害された直後、スペイン政府の内務大臣が「バスク地方の独立を求める組織ETAの犯行に間違いない」と断定した時、私は奇妙な印象を持った。

事件発生から時間が経っておらず、現場検証や捜査が十分に行われていない時に犯人を決めつけていた上、同時に複数の場所で爆弾テロを行うというのは、アル・カイダが好んで使う手口だからである。米国、ケニア、トルコ、イラク、タンザニアでアル・カイダが実行した同時テロの記憶は生々しい。ブッシュ政権のイラク戦争を全面的に支援してきたアスナール政権にとって、総選挙直前にアラブ系の組織のテロでスペイン市民に多数の犠牲者が出ることは、支持率の低下につながる。このためスペイン政府は、ETAの犯行と決めつけたわけだが、結局はアル・カイダにつながりのあるアラブ系テロリストの犯行だったことがわかった。

スペイン国民の間では、「政府に騙された」という怒りの声が高まり、アスナール首相の与党は選挙で敗北し、スペイン軍をイラクから撤退させることを公約としていた社民党が勝利を収めたのである。

アル・カイダが総選挙の直前に大規模なテロを実行したことは、偶然とは考えにくい。結果としては、アラブ系テロ組織が、大量殺人によって政権交代と、イラク政策の見直しを実現したことになる。これはテロ行為が一国の政治の行方を左右できることを証明したことになり、きわめて深刻な事態である。今後アル・カイダが他の国でも選挙の直前に同様のテロを実施することによって、米国が率いる「有志連合」の結束に動揺を与えようとする恐れがある。

米国のイラク戦争を支持し、同国に自衛隊を派遣している日本も、アル・カイダからテロの標的として名指しされている。東京駅や新宿駅では警察官の姿がいつもよりも目立ち、新幹線の車内でも警戒が行われていた。オウム真理教の事件の頃と同じように、駅やデパートからゴミ箱が姿を消し始めている。日本では「スペインの列車テロのような事件が起こるのではないか」という不安の声をよく聞いた。「不審な荷物を見たらすぐ係員に御連絡下さい」という車内放送や掲示を見て、テロが日常茶飯事になっているイスラエルを思い出した。冷戦が終わった時、21世紀の日本でアラブ系テロの不安が広まると誰が予想しただろうか。

イスラエルでの経験から言えば、民間人を狙った無差別テロの危険を減らすことはできても、100パーセントなくすことは不可能である。粉々に爆破されたスペインの列車の映像を見ながら、この種のテロは日本で起きて欲しくないと切に願った。(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

保険毎日新聞 2004年4月23日