欧州・猛暑の経済学

副題 地球温暖化を軽視する人類への警告?

窓を開けると、まるでサウナのような熱気が部屋に流れ込んでくる。町には人影も少なく、アイスクリームを売っている店の前だけに、長い行列ができている・・・・。ドイツに13年前から住んでいるが、今年8月上旬のような異常な暑さを体験したことは今までに一度もなかった。食欲は落ち、炭酸入りの冷えたミネラルウオーターだけが、うまい。

* 観測史上最高の気温

アルプス山脈よりも北の地域で、連日35度から38度という、まるでシチリアかギリシャのような気温が続くというのは、尋常ではない。なにしろ朝起きて温度計を見ると、もう気温が30度を超えているのだ。日本と違って湿度が低いといっても、気温が35度を超える中、冷房のない部屋で仕事をするのは、疲れる。能率が上がらないので扇風機を買いに電器店に行っても、売り切れの店が多く、ようやく見つけた時には、最後の一個だった。1台1000ユーロもするクーラーが、飛ぶように売れていた。ドイツでは、88日に、南西部ザール地方のペアル・ネニングという町で、40・8度という、この国で気象観測が始まって以来、最も高い気温が観測された。またプファルツ地方では、813日の夜に27・6度を記録し、夜間としては最高の気温を観測した。まさかドイツで寝苦しい熱帯夜を経験するとは、夢にも思わなかった。

* 死者数3000人の衝撃

この猛暑はヨーロッパに予想を上回る爪痕を残した。フランス政府の保健省が、814日に、「猛暑に関連するフランスの死者が3000人近くに達する恐れがある」と発表したことは、同国だけでなく世界中の人々に衝撃を与えた。これは、米国を襲った同時多発テロの犠牲者に匹敵する死者数である。心臓疾患のある市民や高齢者には、冷房のない部屋で十分に水分を補給しないまま、連日猛暑にさらされることは、危険である。特にパリ周辺では遺体を安置する施設まで不足するほど、暑さによる死者の数が急増した。バカンスの季節だったせいか、殺人的な猛暑の兆候が現われ始めた8月の第一週に、フランス政府の初動は大きく遅れ、13日になってようやく自然災害並みの体制を取り始めた。もしもフランス政府があと一週間早く緊急医療体制を整えていれば、命が助かったお年寄りもいたかもしれない。

* 原発にも悪影響

またスペインやポルトガル、フランス南部では高温と異常乾燥による山火事が猛威をふるい、ポルトガルだけでも15人を超える人々が犠牲になった。旧東ドイツでは、古戦場や演習地に残されていた不発弾が、高温により発火して森林火災を起こすという現象も見られた。地中海では水温が場所によって32度に達したが、これは過去45年間で最高の水準である。ヨーロッパの原子力発電所では、河川の水を原子炉の冷却に使うことが多い。ドイツやフランスの原子力発電所では、川の水温が高くなりすぎて冷却水としての効果が落ちたために、発電量を下げることを余儀なくされた。ヨーロッパでは冷房が日本や米国ほど普及していない上、各国間で電力の融通が比較的スムーズに行われるので、電力不足の心配は当面ないと考えられるが、猛暑がエネルギー供給源の稼動にまで影響を与えたのである。今回の猛暑がどれほどの経済損害をヨーロッパにもたしたかについては、まだ統計がまとまっていないが、農作物への被害なども考えると、極めて憂慮すべき事態であることは間違いない。

* めまぐるしい天候変化

今回の猛暑で驚かされるのは、昨年の夏に比べて天候状況が激変したことである。2002年の8月、ドイツの南東部、チェコ、オーストリアでは2週間にわたって連日のように集中豪雨が降り続き、旧東ドイツのザクセン州などを中心に、未曾有の大水害が発生したことは、記憶に新しい。欧州の歴史でも最悪の部類に属するこの洪水は、ドイツで91億ユーロ(約1兆2740億円)、チェコで31億ユーロ(約4340億円)もの経済損害をもたらした。それが今年はうって変わって、記録的な猛暑である。ドイツのある気象学者は、「ある年には低温と集中豪雨、次の年には猛暑と水不足というように、天候が大きく変動するのは、地球規模の温暖化によって、気候変化が進んでいる証拠」と分析する。

* 地球温暖化の影響か

気象統計を見れば、1950年以降、年間の気温上昇率は、増大の一途をたどっていることがわかる。IPCC(気候変化に関する国際委員会)は、20世紀には100年間で平均気温が06度しか上がらなかったが、1990年から2010年までの100年間には、平均気温は最悪の場合5・8度も上昇すると予想している。科学者の間では、地球規模で気候変化が起きていることについては、すでに意見が完全に一致しており、見解の相違が見られるのは、温暖化が地球にどのような影響を与えるかという点だけである。

世界各国は、温暖化に拍車をかける、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を規制するべく、これまで以上に本格的な努力を始める必要がある。特に日本や欧州などの訴えにもかかわらず、京都議定書の批准を拒否した、米国のブッシュ政権の単独主義的な態度は、強く批判されなくてはならない。国連の環境機関UNEPK・テップファー代表によると、先進工業国が排出している温暖化ガスの内、40%は米国から排出されている。

* 気候変化への対応を!

その意味で、米国政府は自国の自動車・エネルギー産業の利益を代弁するだけでなく、国際的なリーダーシップを取って気候変化という、地球規模の挑戦に立ち向かうべきではないだろうか。

人類がテロに対する戦争や、景気回復のための政策ばかりに注目して、グローバルな規模で進む環境破壊を無視し続けるとすれば、自然はいつか我々に対して牙をむくかもしれない。猛暑がフランスにもたらした、3000人という驚異的な死者数は、我々にそのことを警告しているような気がしてならない。