MOX燃料工場輸出をめぐるシュレーダー政権の混乱

 ドイツの連立政権は、財界寄りのシュレーダー首相が率いる社民党と、環境保護政党である連合90・緑の党から成り立っているため、原子力エネルギーは、常に大きな確執の種である。去年12月にも、首相が中国を訪問している時に行った発言が、内閣を大きく揺るがした。シュレーダー氏は北京で中国政府の当局者に対し、「ハーナウのMOX燃料製造工場を輸出してもよい」と示唆したのである。

* 一度も稼動せずに閉鎖

 この工場は、シーメンス社がプルトニウムとウランの混合燃料を製造するために、1991年に約7億ユーロ(約910億円)を投じて完成させた物だが、環境団体の激しい反対運動の的になった。ヘッセン州の行政裁判所が操業許可の一部を取り消したため、同社は工場を一度も稼動させないまま1995年に操業をあきらめ、買い手を探していたが、去年2月に輸出管理局に中国への輸出許可を申請していた。売値は5000万ユーロ(約65億円)、つまり建設費用のわずか14分の1と言われている。

* 緑の党は猛反発

 シュレーダー氏が中国で行った発言は、緑の党の閣僚や議員に強い衝撃を与えた。連邦議会で同党の議員団を率いるA・ベーア議員は「原子力全廃を決めたドイツが、プルトニウムを製造できる施設を輸出するのは狂気の沙汰だ」と述べ、首相を強く批判した。内閣で緑の党に属するフィッシャー外相らは、首相の意図を社民党側から内々に通告されていたが、大半の議員は蚊帳の外に置かれていたのである。反原発政党である緑の党は、去年11月に脱原子力合意に基づき、シュターデ原子力発電所を停止させたことを祝ったばかりである。特に草の根の党員にとって、MOX工場輸出は党の基本方針に違反する問題だ。フィッシャー氏はヘッセン州の環境大臣だった時に、この工場の操業に強く反対していただけに、かつての信条に矛盾する輸出は、特に苦々しい物に違いない。

* 法的には問題なし?

 これに対してシュレーダー首相は「中国にはこの施設を軍事目的に使用する意図はなく、シーメンス社の輸出許可を却下する理由はどこにもない。政治的な理由で、企業の権利を制限することには反対だ」と述べ、輸出に賛成する姿勢を強調している。

 緑の党に属する閣僚や議員たちも、首相に反発しつつも、法律的にはこの輸出を阻止することは難しいという意見を持っている。脱原子力派の急先鋒であるJ・トリティン環境大臣すら、「ドイツ政府がこの輸出を許可する条件は、この工場が間接的にでも軍事目的に使われないということだ。そのことが完全に保証されれば、シーメンス社の輸出を禁止することは難しいだろう」と述べ、意外と穏健な姿勢を示している。現在同社からの申請を審査している輸出管理局が、核拡散の観点から問題がないと判断すれば、輸出にゴーサインが出る可能性が強い。

* 政権の力関係を象徴

 この工場をめぐる論争は、イデオロギーよりも実務を優先し、連立政権のパートナーとの根回しを重視しないシュレーダー氏の政治スタイルを象徴している。彼は政権を維持し法案を議会で通過させるためだけに、緑の党を必要としているのであり、政策面では、環境主義者たちと対立することも少なくないのである。ドイツで現在最も人気がある政治家・フィッシャー外相ら、緑の党からの閣僚も、政府内での影響力の弱さを自覚しており、首相との正面衝突は避けている。現在ドイツの電力業界が、シュレーダー氏や社民党側に、エネルギー政策の修正を求めて強く働きかけている背景にも、首相に権力が集中しているという事実があるのだ。

電気新聞 2004年1月28日