学校での乱射事件と教育問題
Bundeskanzlerin Angela Merkel
Wir muessen aufmerksam sein, das ist die
Lehre, auf alle jungen Menschen ? das gilt
fuer Eltern, das gilt fuer Erzieher. Wir
muessen alles tun, um zu schauen, dass Kinder
nicht an Waffen kommen, dass ihnen auch sicherlich
nicht zu viel Gewalt zugemutet wird in den
verschiedenen Stellen.
「今回の事件の教訓は、私たちが若者たちにもっと関心を持たなくてはならないということです。両親も、そして教師たちも含めて。そして子どもたちが武器に手を触れないように、あらゆる手立てを取らなければなりません。子どもたちが(テレビやゲームなどを通じて)暴力シーンにさらされないようにすることも重要です」
メルケル首相が2009年3月15日に放送局ドイッチュラント・フンクに対して行ったインタビューからの抜粋(出典・ドイツ連邦首相府 - Bundeskanzleramtのホームページ)
今年3月11日にバーデン・ヴュルテンベルク州のヴィネンデン(Winnenden)で起きた惨劇はドイツ社会だけでなく全世界に強い衝撃を与えました。17歳のK少年が、拳銃を持って自分が学んだ実科学校(Realschule)に乱入し、生徒9人と教師3人を射殺した他、逃げる途中に市民3人を無差別に殺害したのです。Kは警官と銃撃戦を繰り広げた後、追いつめられて自殺しました。平和な学びの場が一瞬の内に流血の現場となりました。
この事件の最大の謎は動機です。K少年は庭のある大きな家に住み、物質的には恵まれた家庭に育っていました。日頃の生活には、大量殺人に走る兆候は見られなかったのです。クラスメートや近所の人たちは、「おとなしく礼儀正しい少年だった」と語っています。
ただしKの実科学校の成績はあまり良くなかったようです。中堅企業の社長として成功を収めていた父親は、将来Tが会社を継ぐことを期待していました。このため去年の9月からKを私立の職業学校に通わせていました。
このことが、K少年にとって精神的な重荷になっていたのかもしれません。しかし少年は犯行声明や遺書を残さなかったため、彼が何について不満を抱いていたのかは解明されていません。
捜査官たちが驚いたのは、少年の射撃技術です。少年は日頃から銃に関心を持っており、自宅の地下室でエアガンを使って射撃練習をしていました。これはスポーツ射撃クラブの会員だった父親の影響でしょう。父親は自宅に15挺の銃と4600発の実弾を保管していましたが、K少年はその内の一挺を盗んで犯行に使いました。Kの両親は、被害者の遺族に謝罪する手紙を公表しましたが、その中で「私たちが知っていた息子は、こんな人間ではありませんでした」と語っています。家族さえも、Kがなぜ怒りを爆発させて大量殺人を犯したのかについて理解できず、途方にくれているのです。
学校や職場で無差別に人を殺す事件を、ドイツ語でAmoklaufと呼びます。この国では2000年以降、若者が学校などでクラスメートや教師を殺傷する事件が増えています。特に2002年には、旧東ドイツのエアフルトで19歳の若者がギムナジウムに乱入し、拳銃で教師や生徒16人を射殺するという衝撃的な事件が起きました。2006年にも旧西ドイツのエムスデッテンで18歳の男が学校に押し入り、銃や手製のパイプ爆弾で37人を負傷させた後、自殺しています。過去10年間に、この種の事件は6件起きています。
ドイツは元々銃の所持に関する規制が米国よりも厳しい国です。エアフルトの乱射事件の後、政府は規制をさらに強めました。それにもかかわらず、ヴィネンデンで惨劇が繰り返されたことに人々は強い衝撃を受けています。治安当局では、「銃に関する法律を厳しくするだけでは、不十分だ」という見方が有力です。
心理学者たちの間では、内向的な少年たちが抱いている不満や怒りを教師や両親が察知して対話することが極めて重要だという意見が強まっています。K少年はガールフレンドや親友を持たない孤独な少年でした。彼は心の中にためこんだ憎しみを吐き出すことができないまま悩み続け、ある日ダムが決壊するように暴力を爆発させてしまったのです。特に問題なのがAnerkennungの欠如、つまり他人からほめられたり評価されたりすることがないと思い込むことです。K少年は「自分はみんなからばかにされている」と思いこみ、「大量殺人によって世間の注目を集めてから死のう」と考えてAmoklaufに走った可能性があるというのです。
さらにKはコンピューターの世界にはけ口を見つけていました。彼の部屋からはテロリストと特殊部隊の銃撃戦を主題にしたコンピューター・ゲームが見つかっています。ドイツでは200万人の若者がこのゲームで遊んでいます。もちろんこのゲームの愛好者が全て殺人を犯すわけではありません。しかし心理学者たちは「Kのように怒りを蓄積した少年がこのゲームで遊ぶと、人を撃つことにためらいが少なくなる」と指摘しています。ドイツのテレビでは、米国の暴力シーンが多い映画も規制されることなく放映されています。
ドイツの学校では、教師の不足が問題になっています。教師はカリキュラムをこなすのに必死で、子どもたちがどのような悩みを抱えているかについて気を配ったり、親身になって相談にのったり時間がありません。またKの家庭のように両親が仕事を持っているケースが多いので、子どもたちが抱えている悩みに気づかないことも多いのです。不況の影響で、若者たちにとっては就職の可能性も厳しくなっています。良い成績を取らなくてはならないという若者たちへの圧力は高まる一方なのです。
事件の後、ドイツのインターネットの一部のブログには、Kを賞賛したり「おれもやるぞ」と偽の犯行を予告したりする心ない書き込みが行われています。心理学者の間では「Amoklaufを完全に防ぐことはできない」と考える人が多く、ドイツの学校や警察では乱射事件が起きた時にすばやく対応できるように、日頃からひそかに態勢を整えています。(たとえば一部の学校では、乱射事件が起きたらKOMAという暗号を校内放送で流すことにしています。これはAmokという言葉を逆さまにしたものです)しかし肝心なのはこうした対症療法ではなく、少年たちとの対話によって、彼らの悩みをくみとり怒りの爆発を防ぐことです。
ドイツ社会は若者たちの心の闇に光を当て、事件の再発を防ぐことができるでしょうか?
NHKドイツ語テレビ会話 2009年6月号