金融危機と戦うドイツ

Rede von Bundeskanzlerin Merkel anlaesslich des Weltwirtschaftsforums

30.01.2009

Die Bundesregierung hat zur Bewaeltigung der Krise ein umfassendes Massnahmenpaket auf den Weg gebracht. Es ist ein Paket, wie es das so in der Geschichte unseres Landes noch nie gegeben hat. Aber ich bin wie die allermeisten hier im Saal der festen Ueberzeugung: Es handelt sich um eine aussergewoehnliche Situation. Ausergewohnliche Situationen erfordern auch aussergewoehnliche Massnahmen.

「ドイツ連邦政府は危機を克服するために、総合的な対策を打ち出しました。これほどの対策は、今までのドイツの歴史に一度もありませんでした。しかし私は、皆さんと同じように、今回の危機が通常のものではないことを確信しています。通常のものではない事態は、通常のものではない対策を必要とします」。( メルケル首相が2009年1月30日にダボスでの世界経済フォーラムで行った演説より抜粋。出典・ドイツ連邦政府ホームページ)

首相がこの演説を行った背景は、米国に端を発する金融危機(Finanzkrise)が、ドイツにも深刻な影響を及ぼしていることです。ドイツの多くの銀行は、欧州の他の銀行と同じく、2001年以来米国のサブプライム・ローンつまり信用性の低い不動産ローン債権が混入した金融商品に積極的に投資しました。しかし米国で不動産バブルが崩壊したため、これらの銀行は何十億ユーロもの不良債権を抱えました。

銀行は業績が急速に悪化したために、企業にお金を貸すのをためらうようになったのです。多くの中堅企業が、銀行から融資を受けにくくなり、資金繰りに苦労しています。いわゆるクレジット・クランチ(
Kreditklemme)と呼ばれる状況は、経済の血液であるお金が流れにくくなる現象で、不況(Rezession)の大きな原因になります。

また多くの市民が先行きに不安を感じて、消費を差し控えています。このため新車の売れ行きが急速に落ち込み、ドイツ経済の要である自動車産業だけでなく部品メーカー、また化学製品や鉄鋼メーカーにまで悪影響が出ています。

ドイツは日本と同じく輸出に大きく依存しています。これまでの不況では、ドイツ企業は国内の消費が冷え込んでも米国や他のEU諸国への輸出でバランスを取ることができました。しかし今回は重要な輸出先である米国だけでなく、世界中の大半の国で同時に景気が後退しているために、ドイツ企業の輸出が急激に減ってしまったのです。

ドイツ政府は、2009年のドイツの経済成長率がマイナス2・25%になると予測しています。第二次世界大戦後、ドイツでこれほど激しいマイナス成長が記録されたことは、一度もありません。メルケル首相が演説の中で「通常のものではない危機」という言葉を使っているのは、そのためです。

そこでメルケル政権は、総額800億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=120円換算)にのぼる景気対策(Konjunkturpaket)を打ち出しました。これはドイツの国内総生産の1・5%に相当する金額です。

たとえば政府は、市民の所得税や社会保険料の一部を減らして消費を促そうとしました。また、市民が現在乗っている車を廃車にして新しい車を購入すると、2500ユーロの環境ボーナス(Umweltpraemie)をもらえる制度が導入されました。勤労者の7人に1人が雇用されている自動車産業を支援するためです。

さらにドイツ政府はサブプライム関連投資のために経営状態が悪化した銀行に、公的資金を注入する制度も導入しました。すでにいくつかの銀行が政府に支援を要請し、部分的に国営化されています。

政府が銀行の倒産を防ごうとしている理由の一つは、銀行の社債を買うなどして投資している企業が多いので、銀行がつぶれると連鎖倒産が起こる危険があるためです。これは約20年前に日本でバブルが崩壊した時と、そっくりの状況です。このためドイツの政策担当者や経済学者も、バブル崩壊後の日本政府の対応を研究しています。

メルケル首相は、ダボスで行った演説の中で、「信用の回復」を最大の政策目標として掲げました。

「信用(Vertrauen)がなければ銀行はお金を貸しませんし、市民も物を買いません。つまり信用がなければ、成長路線に戻ることはできないのです。その意味で政治に与えられた最も重要な課題は、市場の機能性を回復すること、そして信用を強固にすることです」。

しかし不況はまだ底を打っておらず、ドイツ政府にとって油断は禁物です。特に心配なのは、サブプライム関連の金融商品に投資していた銀行の損失に歯止めがかからないことです。

政府は、ミュンヘンのある大手不動産融資銀行が倒産するのを防ぐために、今年2月までに1020億ユーロ(12兆2400億円)という莫大な金額を注ぎ込みました。こうした状況を日本語では「底の抜けたバケツ」と言いますが、ドイツ語では「底のない樽(
Fass ohne Boden)」と呼びます。

私が残念に思うのは、減る傾向にあった失業者の数が、金融危機のために増え始めたことです。この国ではドイツ統一10年以上にわたり、失業率が10%を超えていましたが、2006年以降景気が良くなり、失業者の数が減り始めていたのです。ところが金融不況のために、状況は一変しました。連邦労働庁では、金融危機のために今年新たに失業する市民の数は30万人にのぼると予想しています。

また多くのメーカーが操業時間の短縮に追い込まれています。ドイツには労働時間を短縮された勤労者が、給料が減る分の67%を政府から支給される短時間労働(Kurzarbeit)という制度がありますが、現在この制度によって解雇から救われている労働者の数は29万600人にのぼります。

ちなみに
この国でも派遣社員の解雇が始まっていますが、派遣社員を会社の寮に住まわせるという習慣はないので、解雇されたために直ちにホームレス(obdachlos)になる市民が急に増えるという状況は起きていません。

ドイツでは日本や米国に比べると、失業の危険から市民を守るための社会保障制度がよく整備されています。このような危機が訪れると、市民の間からは「やはりセーフティーネットは重要だ」という感想が聞かれます。また「市場や民間企業だけに全てを任せるのは危険だ。国が金融市場に対する監視や規制を強めるべきだ」という声も出ています。金融危機は、ドイツの経済モデルが世界から注目されるきっかけになるかもしれません。

NHKテレビドイツ語会話 2009年5月号