中東和平への遠い道

仕事でイスラエルに行かなくてはならないことがあるので、この地域でイスラエル人とパレスチナ人が紛争に終止符を打ち、テロが根絶されることは、私にとって他人事ではない。一日も早く戦火がやんで欲しいし、この地域からのニュースには敏感になる。

特に私が住んでいるドイツは、イスラエルからの時差が1時間しかなく、飛行機で5時間飛べば着いてしまう地域である。中東は、欧州にとって日本からよりもはるかに身近な地域なのである。さてヨルダンのアカバで6月上旬に、イスラエルのシャロン首相と、パレスチナ自治政府のアッバス首相が、ブッシュ大統領の仲介で短時間ながらも初めて会談を持ったことは、重要な出来事であった。

特に、イスラエルでもタカ派として知られるシャロン氏が、「パレスチナ人との共存」を口にし、占領地域に許可なく設置されたイスラエル人の入植地の撤去を開始したことは、評価できる。またアッバス氏もテロを糾弾し、武装闘争の放棄を訴えたことは、米国にとってもパレスチナ人の大義を支援しやすくなるだろう。これまで中東和平工作への積極的な関与を避けてきたブッシュ大統領が、ようやく現地に乗り込み、仲介に本腰を入れる姿勢を見せたことも、重要だ。

だが、イスラエルもパレスチナも一枚岩ではない。シャロン氏はパレスチナ人との共存を語りながらも、テロリストには暗殺をもって対処するという方針を変えていない。首脳会談の後、イスラエル軍はパレスチナのテロ組織ハマスの幹部が乗った車に、武装ヘリコプターからミサイル攻撃を加え、暗殺を試みた。指導者は負傷しながらも一命を取りとめたが、ハマス側は激怒し、この攻撃を宣戦布告とみなした。

実際その翌日にはエルサレムでバスに乗ったテロリストが身体に巻きつけた爆薬を使って自爆攻撃を行い、イスラエル市民16人が死亡している。アカバでの首脳会談にもかかわらず、暴力の連鎖は続いているのだ。問題は、パレスチナ側の穏健派勢力を代表するアッバス氏が、過激派に対して、たづなを引き締め、テロ行為をやめさせるだけの影響力を持っているかどうかという点である。アラファト氏に比べると、アッバス氏の力が弱いことは否定できない。パレスチナ人の中には、選挙で合法的に指導者として選ばれたアラファト氏を、米国が「テロリストの支援者」と断定して、交渉を拒否していることに怒りを抱いている者は少なくない。

つまり、アカバ会談を和平につなぐことができるかどうかは、パレスチナ人の穏健派が、過激派をコントロールすることができるか、そしてイスラエルが挑発を止めるかどうかに大きく依存している。「テロリストからの安全」を第一に考えるイスラエル政府は、テロ行為がやまないと考えたら、パレスチナ自治政府を無視して、再び占領地域に兵を進め、独自のテロリスト狩りを再開するだろう。いつの時代にも武力衝突で最も苦しむのは庶民である。米国政府も仲介工作を途中で投げ出さず、和平達成の道を完遂して欲しい。(ミュンヘン在住 熊谷 徹)


2003年7月9日 保険毎日新聞掲載