ナチスとイラクは同じか?

米国のブッシュ大統領は、5月31日にポーランドのアウシュビッツ強制収容所を訪れたが、この訪問にはドイツとフランスに対する強烈な批判が込められていた。彼はガス室や死体焼却場、囚人から切り取られた髪の毛の山を見た後、「この収容所を見れば、邪悪な物が世界に存在することがはっきりわかる。我々は邪悪なものを名指しし、戦わなくてはならない」と語った。

また彼はクラクフで行った演説で、9月11日事件を、ナチスのポーランド侵攻と同じく卑劣な行為と形容した。つまり、彼の頭の中では、サダム・フセインやアル・カイダは、ナチスと同じように邪悪な存在なのである。米国の新保守勢力がブッシュ大統領の口を借りて、全世界に発信したかったことは、「米国のテロリストに対する戦い、そしてその延長にあるイラク戦争は、第二次世界大戦でのナチスとの戦いと同じ意味を持つ」というメッセージである。

従って、米国のイラク攻撃に真っ向から反対したフランスとドイツは、歴史的な過ちを犯したというわけだ。

ところで、ヨーロッパの知識人の間では、サダム・フセインとナチスを比較することに強い抵抗がある。確かにシーア派やクルド人など、国内の反対勢力を虐殺したサダム・フセインは、悪辣な独裁者だった。しかし、ヨーロッパ全域の占領をめざし、殺人工場を建てて、ユダヤ人やシンティ・ロマなどの抹殺を部分的に実行したナチスとは、単純に比べることができない。サダム・フセインと同列に並べることは、ナチス問題の根深さを、相対化することにつながりかねない。二つの問題はあくまで別個に検証、批判するべきであり、まぜこぜにするべきではない。

非人道的な犯罪ということで同列視するならば、ルワンダでの虐殺、中国の文化大革命時の虐殺、米国のベトナム戦争時の北ベトナムへの絨毯爆撃や枯れ葉作戦は、悪ではなかったのか。米国の指導者たちは、大衆にも理解しやすいアウシュビッツを道具に使って、フランスとドイツを間接的に非難したわけである。「古い欧州」と米国の間の溝は、当分埋まりそうにない。


週刊 ドイツニュースダイジェスト 2003年6月14日