保険毎日新聞 2000年9月8日号掲載
無法国家ロシア?    熊谷 徹

ベルギ−人の知り合いAさんは、数年前までサンクトペテルブルクの環境団体で働いていたことがある。

ある日彼は町を歩いていた時、乗用車から一人の男が引きずりだされ、頭に拳銃の弾丸を撃ち込まれて殺されるのを目撃したことがある。まるでギャング映画の1シ−ンのようだが、最近のロシアでは際立って珍しい出来事とも言えないようである。

今年7月10日の早朝には、ウラル地方のエカテリンブルグという町で、ロシア最大の重機械メ−カ−・ウラルマシュ社のオレグ・ベロネンコ社長が、運転手付きの社用車で会社へ向かう途中に、2人の暴漢に襲撃され、頭に弾丸を撃ち込まれ、まもなく収容先の病院で死亡した。

犯人が捕まっていないばかりでなく、社長が狙われた動機も明らかになっていない。ベロネンコ氏がボディ−ガ−ドを付けることを断っていたことがあだになった。しかも今年1月から、このようにして殺された企業幹部は、ベロネンコ社長で8人目であるというから、ロシアの治安の悪化ぶりには驚かされる。実際、商用でロシアへ頻繁に出かける私の知人は、「モスクワの高級ホテルのロビ−を歩いていると、シュワルツネガ−のような体格のボディ−ガ−ドを侍らせた重役風のロシア人をよく見かける」と話していた。

ロシアの「イズベスチア」紙は、「ロシアの企業幹部が殺し屋に命を奪われる理由は二つしかない。一つは、マフィアと関わりがある場合。もう一つは、マフィアと関わることを拒否した場合」と報じている。ロシアにおける闇経済の呪縛は日本以上に強く、闇の紳士たちを怒らせると、直ちに銃弾が飛んできたり、爆弾入りの小包が届けられたりする危険が大きいというわけだ。

一方、ロシアの検察当局は、政府に批判的な報道姿勢を持つメディアグル−プの社長を、経済犯罪に関わっていた疑いで収監している。ロシアだけでなく、欧州のジャ−ナリストは「言論の自由の制限につながる」として強く抗議している。刺客を摘発することが出来ないだけでなく、有力マスコミの幹部を検挙するというのは、末期的な症状である。ロシアという国の進路は、21世紀の大きな不安定要因の一つである。(熊谷 徹・ミュンヘン在住)(イラストも筆者)