欧州・国家アイデンティティの復権

2005年は欧州連合(EU)が、創設以来最大の打撃を受けた年である。

EU憲法条約批准をめぐる国民投票で、フランスとオランダの有権者の過半数が条約批准を拒否し、EUの超国家化に明確な「ノー」の姿勢を打ち出したのだ。ブリュッセルの欧州委員会では、重苦しい空気が流れた。「EU憲法は死んだ」。こんな言葉が政治家たちの口から漏れた。

それから2年以上の歳月が流れた今も、憲法条約否決の傷は癒えていない。去年6月末にEU加盟国の首脳は、将来EUが大統領を持つことや、議決方法の効率化について新しい「改革条約」を締結することで合意した。

EUが27の加盟国、4億9000万人の人口を持つ大所帯になったことから、身動きが取れなくなるのを避けるためである。これらの内容は、EU憲法条約に盛り込まれるはずだった。だが各国首脳は、「憲法」という言葉の使用を、あえて避けた。この言葉によって市民の反感を買うことを、避けるためである。

ドイツと並んで欧州統合の機関車役を果たしてきたフランスと、EUについて好意的な姿勢で知られたオランダで、なぜ人々は「反乱」を起こしたのだろうか。

その最大の原因は、「ヨーロッパ人としてのアイデンティティ」が育っていないことである。ヨーロッパでは、階層によって、「ヨーロッパ人としての意識」に大きなギャップがある。

政治家、学者、ジャーナリスト、ビジネスマンなどの間では、国境の垣根が取り払われ、欧州統合が進むことに賛成する人が多い。フランスでもオランダでも、マスコミや知識人のほとんどは、憲法条約の批准に賛成の姿勢を示していた。

これに対して、農民や労働者、所得が低いサラリーマンの間では、むしろ欧州統合を敵視する姿勢が目立つ。オランダで行われたアンケートによると、賛成票を投じた人は、富裕層と大学教育を受けた階層に多く、若い労働者の間では憲法条約に反対する人が圧倒的に多かった。

オランダでは、社会主義者と極右政党が、憲法条約反対で共同歩調を取るという、奇妙な現象が見られた。社会党のヤン・マリニッセンという政治家は、「EU憲法が成立したら、オランダは力のない田舎になってしまう」と述べ、国家主権の喪失について警鐘を鳴らした。

一方右派政党は、「トルコが
EUに加盟したら、何百万人ものイスラム教徒を持つ国が、EUで大きな影響力を持つことになる」と述べ、市民の反EU意識を煽った。オランダでは、2004年にイスラム過激派を批判する映画を製作した映画監督が、イスラム教徒によって殺害されて以降、外国人問題は大きな議論の的になっている。「EUは一体どこまで拡大するのか」という不安感を抱いていた市民にとって、憲法条約に関する国民投票は、EUに冷水を浴びせる絶好の機会となったのだ。

フランス北部のノルド・パ・ド・カレ地方は、かつて石炭産業で栄えたが、1990年以降は採炭が行われていない。産業構造の変換が必要な、貧しい地域だ。この地方では道路や橋などのインフラ整備、炭鉱博物館などのプロジェクトについて、EUから多額の補助金を受け取ってきた。「EUの金がなかったら、この地域はとっくに滅びていた」と語る市民もいる。

それでも、この地域の村や町では、有権者の60%から80%が憲法条約に反対票を投じた。彼らにとって、
EUは「グローバル化」と同義語であり、資本家や大企業だけを利するプロジェクトだ。グローバル化の負け組の間では、EUを拒否し、国家による庇護を望む傾向が強い。

彼らが最も恐れているのは、企業が工場を閉鎖し、労働コストが安い東欧やアジアへ生産施設を移すことだ。たとえば今年1月、フィンランドの携帯電話メーカー、ノキアがドイツのボッフム工場を閉鎖し、ルーマニアに新しい工場を開くと発表した。

ドイツでは2300人が失業し、ルーマニアでは3500人分の仕事が生まれる。ルーマニアの労働コストは、旧西ドイツの10分の1にすぎない。
EUは、「資本の自由な移動」を奨励する立場にあり、グローバル化の負け組には冷たい。

しかも欧州委員会の権限は、強大になる一方だ。加盟国の法律の85%は、ブリュッセルが発布する指令を、国内法に置き換えたものである。カルテルの摘発から、企業の合併、自動車が排出する二酸化炭素の上限値に至るまで、欧州委員会のさじ加減一つで決まる。

ベルリン・フンボルト大学のハインリヒ・アウグスト・ヴィンクラー教授は、フランスとオランダの投票結果を、「ヨーロッパの名の下に行われる政治が、自分には疎遠になっていくことに対する抗議行動」と呼ぶ。「EUの政治は、市民にとって縁遠く、コントロールできないものになりつつある」。しかもEU政府に相当する欧州委員会は、市民による選挙で選ばれるわけではない。ブリュッセルの巨大な官僚機構で働く役人たちも、各国の政府から出向しているエリートたちであり、市民がコントロールすることはできない。「EUには民主主義が不足している」という指摘は、根強い。

EU憲法草案は、約6万9000語に及ぶ長大なものだった。当時大統領だったシラク氏は国民投票の前にこの草案を、フランスの全家庭に配ったが、内容と趣旨を正しく理解した市民は何人いただろうか。ドイツのホルスト・ケーラー大統領は、「各国政府が、EUについて市民にわかりやすく説明しなかったことは、大きな失敗だ。多くの市民は、“ヨーロッパ人のアイデンティティとは一体何だろう”と疑問を抱いている」と述べ、庶民がEUに対して抱いている疎外感を、各国首脳が過小評価したと指摘した。

今年1月、「国家の復権」を求める市民が、体制に反旗を翻すもう一つの動きが、ドイツで起きた。ヘッセン州とニーダーザクセン州で行われた州議会選挙で、左派政党「リンクス・パルタイ」が、初めて議会入りしたのである。

リンクス・パルタイの前身は、東独の政権党から生まれた
PDS(民主社会主義党)だが、同党は今回の選挙で、旧東独だけでなく旧西独でも支持者を増やしていることを示した。左派躍進の背景には、グローバル化に伴う社会保障削減について、市民が抱く強い不安感がある。

財界寄りの政治家・シュレーダー前首相は、建国以来最も大がかりな社会保障削減を実行した。公的年金の支給年齢を引き上げ、失業者への援助金を大幅に削った。高コスト体質という「ドイツ病」を本格的に治療するためである。

リンクス・パルタイは綱領の中で、社会の格差是正や労働組合の強化を求めている。同党の躍進は、「米英型の資本主義が、ドイツにはびこるのはごめんだ」と考える市民の共感を集めたためである。市民の間では、「
EUは超国家としての体裁を整えることや、加盟国数を増やすことにばかり必死で、社会保障制度の維持をおろそかにしてきた」という意見が強い。

今日のヨーロッパの特徴は、エリートが超国家をめざす求心力と、庶民が伝統と国家の独自性を守ろうとする遠心力が、共存することだ。国家に執着する庶民の心を軽視する政治家は、思わぬしっぺ返しを受けることになる。

旧西ドイツで始まった予想外の「左旋回」は、欧州統合の牽引役ドイツの足元でも、庶民が票を武器にして「国家の復権」を求める反乱を起こしつつあることを、示しているのかもしれない。

これまで一般的に左派勢力は、イデオロギーに基づいた国際協調という意味での、グローバリズムを重視することが多かった。しかし今日のヨーロッパでは、グローバリズムの意味が変質した。

イデオロギーの役割は後退し、グローバル化は、地理的な制約を受けずに、高い
ROE(株主資本比率)を求めて、自由に徘徊する新しい資本主義の象徴と見なされている。

このため左派勢力の間では、むしろ国民を自由競争の嵐から守り、庶民に社会保障という傘をさしかける、国家を再評価する動きが現われているのだ。従来の常識に反して、左派勢力が「国家の復権」を求めるというのは、冷戦後のヨーロッパの新しい現象と言えるだろう。

 小学館 サピオ 2008年3月12日号掲載