同時多発テロと司法の限界

 同時多発テロの共犯者として、殺人幇助の罪で有罪判決を受けていたモロッコ人、モタサデク被告について、ドイツ連邦憲法裁判所は、3月4日に判決を破棄して、ハンブルグ地方裁判所に差し戻した。

9・11事件をめぐって、一審の判決が証拠不十分を理由に覆されるのは、先月のムツーディ被告の裁判に次いで、二番目である。ドイツの裁判官は、同時多発テロの首謀者の一人として、米国に拘束されているビナルシビ容疑者を証人として出廷させることや、尋問の内容を提出することを、米国政府に要求したが拒否されたため、モタサデク被告の関与を裏付ける証拠が十分に得られなかった。

連邦裁判所の裁判官は、米国政府が機密を保持するという原則のために、被告の立場が不利になることは許されないとした上で、「テロリズムとの戦いが、野放図で、秩序のない戦争になってはならない」と米国政府の態度を間接的に批判した。この言葉には、国際テロリズムとの戦いに関して米国とドイツなど欧州諸国との間にある深い溝が象徴されている。

事実上の戦時体制にある米国では、アフガニスタンやパキスタンで捕らえた、アル・カイダやタリバンのメンバーら600人を、グアンタナモ収容所に拘束しているが、これらの囚人たちの大半はこれまで起訴もされず、弁護士との接見も許されないまま、2年以上投獄されている。同時多発テロ後に施行されたPATRIOT法によって、テロリストの容疑がある外国人は、具体的な違法行為をしていなくても、長期間にわたり拘束することが可能になった。

こうした超法規措置については、欧州政府だけでなく、米国の司法関係者からも「人権侵害」として厳しい批判の声が上がっている。世界貿易センター崩壊という、未曾有の攻撃で動揺したブッシュ政権は、アル・カイダ撲滅のためには、通常の法律などかまっていられないという態度を取っている。

これに対し欧州の政府や裁判所は、アル・カイダに対する戦いも、既存の法律の枠内で行われるべきだという立場を崩していない。ブッシュ政権がビナルシビ容疑者の出廷を認めない限り、同時多発テロの容疑者は次々に釈放される可能性がある。また確信犯のテロリストであるビナルシビが、被告を釈放させるために、ドイツの法廷で「被告は全く事件に関係ない」と嘘の証言をする可能性もある。

この裁判は、21世紀の新しい脅威である国際テロリズムを、法廷で裁くことの限界を示していると言えるだろう。


週刊 ドイツニュースダイジェスト 2004年3月12日