熊谷 徹 発表論文・記事一覧  その4

    
 朝日新聞社 月刊 論座          

番号 発表時期 タイトル 内容
1 2000年
7月号
ドイツの転換と苦しみ

憲法と歴史の制約の中で
第二次世界大戦で、日本と同じ敗戦国となり、国外への派兵には消極的な姿勢を貫いてきたドイツ。1999年のコソボ危機で、ドイツはNATO(北大西洋条約機構)のセルビア空爆に加わり、戦後初めて主権国家に対する武力攻撃に踏み切った。ボスニアでの惨劇を防ぐことができなかった西側諸国は、セルビア軍のアルバニア系住民に対する弾圧をふたたび見逃すことはできないと判断し、ドイツ政府も他の同盟国と歩調を合わせるべきだと決断したのである。

しかし、平和主義者が多い社民党・緑の党の議員にとって、セルビア空爆参加の決定は、苦渋に満ちた選択だった。ドイツ外務省のプロイガー外務次官、社民党、緑の党の議員らへのインタビューや、連邦議会議事録の分析を通じて、初の軍事攻撃参加というルビコンを渡ったドイツの苦悩と、長期戦略を浮き彫りにする。

論文 ドイツはなぜコソボ戦争に参加したか (論座掲載分とは異なります)
2000年
10月号
ドイツ社民の光と影

新中間層への賭けは
成功するか
1998年に政権を獲得したシュレーダー首相は、第一期目に、伝統的な社民党の路線から離れて、社会保障コストや企業に対する税金を下げて、国際競争力を高める政策を取り始めた。「新しい中道路線(ノイエ・ミッテ)」と呼ばれるシュレーダーの政策は、英国のブレア首相の哲学に近く、国家が市場メカニズムを邪魔しないシステムを構築し、市民の自己責任や努力を重視するとしている。

社会保障の安全網に手厚く守られた、伝統的な社会的市場経済に、米英型の経済の息吹を持ち込み、「小さな政府」をめざすシュレーダーの戦略は、社民党が支持基盤の中核を、伝統的な労働者階級から、サラリーマンや自営業者などの新中間層に移し始めていることと、密接に関係している。

経済グローバル化の時代に、生まれ変わりの道を模索するドイツの社民党の新しい戦略を分析する。

論文 どこへ行く社民党 (論座掲載分とは異なります)