電気新聞 2002年12月28日号掲載 欧州委員会の送電部門の 法的分離決定に難色
                                                            熊谷 徹

 欧州委員会が、11月末にベルギーの運輸・エネルギー相理事会で合意したEUエネルギー市場の自由化提案に対して、ドイツの電力業界からは強い不満の声が出ている。特にドイツの電力業界が難色を示しているのが、EUが今回の合意で2007年から送電線運用者を法的に分離するよう義務付けたことだ。ドイツ電事連(VDEW)のE・メラー専務理事は、12月4日に発表した声明の中で「送電線運用者の法的完全分離は、ドイツ市場での競争を妨げ、コストを引き上げるだろう」と強く批判した。メラー氏によると、ドイツには、送電部門の別会社化が必要となるような、全国規模で活動する大電力会社は存在しない。むしろこの国の特徴は、900社の電力供給会社が競争していることである。これまでドイツの電力供給会社は、送電部門の会計上の分離を実行してきたが、自由競争の促進には、会計分離で十分だったとVDEWは主張する。送電部門の法的分離については、今年秋に経済・労働大臣に就任したW・クレメント氏もEU合意の直前に行った講演の中で「ドイツのように多数の電力供給会社が存在する市場では、法的分離の影響が大きすぎる。電力業界は、法的分離を行わなくても、競争を確保できるという根拠を、EUに示さなくてはならない」と主張していた。EU合意は、欧州委員会が「ドイツ電力業界の主張は説得性に欠ける」と判断したことを示している。

 これに対し、ドイツの需要家は法的分離が義務付けられたことを歓迎している。メーカーなど大口需要家の組織・VIK(ドイツ産業需要家協会)は、「今回の合意は、送電線運用者の別会社化へ向けての圧力を高めるものであり、エネルギー市場の競争を促進するだろう」と高く評価する姿勢を打ち出した。VIKは、法的完全分離の実施を免れるための例外規定が設けられていることについて、「抜け穴を作る恐れがある」と懸念を表明し、欧州委員会が例外規定の適用申請を厳格に審査することを期待している。

 また中小企業を中心とした需要家団体・VEA(エネルギー需要家協会)は、「独立の監視機関を設置しなくては、EUが求める送電部門の法的な分離は、競争の促進につながらない」と述べ、今回の合意でドイツが監視機関の設置を強制されず、連盟間合意の継続を許されたことを批判している。VEAM・パニッツ専務理事は、「EUの中で監視機関の設置に反対しているのは、ドイツだけ。わが国はヨーロッパのエネルギー市場の自由化を妨げている」と述べ、ドイツ政府と電力業界の姿勢に不満を表している。

 さてドイツの電力業界は、「ドイツ市場が100%自由化されているのに対し、フランスは30%しか自由化していない」として、強い不満を表してきた。このため、メラー氏は、EUが2007年に家庭向けを含む完全自由化を決定したことについては、一応歓迎の意を表してはいるものの、「今後5年間は、他国の電力会社がドイツでは自由に活動できるのに、ドイツ企業は他の国での活動が制限されるという、不公平な状態が続く」と批判することも忘れていない。今回の合意は、ドイツの電力業界と欧州委員会の自由化に関する意見の隔たりが、狭まっていないことを浮き彫りにした。法的分離の義務付けによって今後5年間が、この国の電力業界にとって、茨の道となることは間違いない。