電気新聞 2002年5月8日号掲載  託送料金めぐり激しい議論

                                                      熊谷 徹

日本でもよく知られているように、ドイツの電力市場は、公には百%自由化されていることになっている。ところが、どの国でも物事には表と裏がある。VDEW(ドイツ電力事業者連合会)が今年初めに発表した統計によると、これまでに電力の供給先を変えた大口需要家(製造企業など)は、全体の十五%、個人世帯に至っては三・九%にすぎないことが明らかになった。特に大口需要家向けの電力価格が、自由化の直後に三十%から五十%も下落したことを考えると、新しい供給先に乗り換えた企業の比率が増えないことは、意外に思われる。なぜ電力供給先を変更した企業が少ないのだろうか。

― 最大三00%の格差

ドイツの需要家、新規参入企業、電力商社からは、「一部の企業の託送料金が高く、大きな違いがある上、透明性が欠如しているため、需要家が電力供給者を切り替えたり、外国企業がドイツ市場に参入する上で、大きな障壁となっている」という批判が出ている。このため、ドイツでは去年から託送料金をめぐる激しい議論が行われてきた。そのきっかけを作ったのが、去年七月にドイツ・エネルギー需要家協会(VEA)が公表した、託送料金に関する調査結果である。VEAが、九00社の送電網運営者の内、六五八社の託送料金を比較した結果、実に最大三00%もの開きがあることがわかったのである。たとえば、中圧部門でキロワット時あたりの託送料金が最も高いのは、レングリッヒ地方公営配電会社(11・11ペニヒ)で、最も低いシュタインハイム地方公営配電会社(4・42ペニヒ)と大きな格差がある。また州によっても大きな違いがあり、旧東ドイツのブランデンブルグ州などが最も高く、ハンブルグとノルトライン・ヴェストファーレン州が最も安かった。VEAのマンフレート・パニッツ専務理事は、「この調査で明らかになった巨大な格差は、高い託送料金がドイツの電力市場での競争を阻害している可能性を示唆する。自由化が進んでいるスカンジナビア諸国の託送料金は、ドイツよりも五十%低い」と述べ、託送料金の引き下げを強く求めた。つまり、電力価格が下がっても、託送料金が高いレベルにとどまっている上に、電力供給会社を変えるための手続きが複雑であるために、切り替えに踏み切る需要家が少ないというわけだ。

― 透明性を欠く託送料金

ドイツには、他の欧州諸国と異なり、電力業界を専門に監督する官庁がなく、託送料金も法律によって一律に決定されるのではなく、送電網運営会社と電力販売会社などが個別に交渉することによって、託送料金を決定することになっている。VEAや欧州委員会、またドイツ市場に参入しようとした外国企業は、このドイツ独特の自主規制方式が、託送料金の決定過程をわかりにくくし、料金を引き上げている元凶だとして、監督官庁の設置によって、透明性の高い料金体系を打ち立てるべきだと主張してきた。これに対し、VDEWや送電網運営会社は、「電力業界と産業界の合意に基づく自主規制が最も経済的な道であり、監督官庁の設置は非生産的だ」として、法的規制に強く反対している。

― 当局も調査開始

VEAは中小企業など小口の需要家の利益を代表する団体だが、託送料金の高さに対する批判は、ドイツのカルテル取締り当局を突き動かし始めている。VEAの報告書に基づき、連邦カルテル庁は去年九月末に、二十二社の地方公営配電会社に対し、不当に高い託送料金を請求している疑いで、調査を開始した。これらの会社は、ドイツの大手電力会社RWE社とENBW社の託送料金を、十%から八十%上回っていた。同庁のウルフ・ベーゲ長官は、「競争原理が働いていれば、託送料金はもっと安いはずだ」とVEAの主張に賛同している。またENBW社は、去年九月「ボン、ライプチヒ、ハレ、ミュンスターなど十の町の地方公営配電会社が、不当に高い託送料金を請求している」として、連邦カルテル庁に調査を求める手紙を送っている。連邦経済省のミュラー大臣も、「ドイツでは需要家が電力供給会社を変更しようとする場合、元の電力会社が不当な方法によって、変更を遅らせようとする行為が見られる」と批判し、こうした差別行為を取り締まるための「送電網使用問題特別班(タスク・フォース)」を設置した。

― 批判に応える電力業界

去年十二月に、VDEW、ドイツ産業連盟(BDI),ドイツ産業需要家協会(VIK)などが、新エネルギー法に基づく、送電網の使用に関する連盟間合意の補足案(通称VV Strom II Plus)について合意したのも、託送料金についての透明性を増し、世論からの批判に応えるためである。この合意によって、託送料金を人口密度、送電網の密度などによって比較するための基準が設定され、地域によって託送料金になぜ違いがあるのかを、需要家が理解しやすくなるものと期待されている。ドイツの電力業界は、様々な批判を受けながらも、情報開示などによって、「完全に自由化された市場」という呼び名に実体を伴わせるための努力を続けている。今年四月にガス業界と大口需要家が、託送料金に関する合意に達することができず、経済省が監督官庁を設置する方針を打ち出さざるを得なかったのと対照的である。電力に限らず、ドイツの経済界では、法律で強制されるよりも、自主規制をする方が、コストは低く済むというのが常識になっているのだ。その意味で、現在は大きく広がっている託送料金の地域格差も、今後は徐々に縮まっていくことが予想される。