電気新聞 2001年10月24日掲載 ドイツの原子力発電所とテロ攻撃時の安全性をめぐる議論
                                                               熊谷 徹


 ニューヨークとワシントンでの同時多発テロが引き金となって、ドイツでは原子力発電所の安全性や廃止時期の妥当性をめぐる議論が、激しく行われている。米軍がアフガニスタンへの軍事攻撃に踏み切って以来、NATO(北大西洋条約機構)を通じて米国と同盟関係にあるドイツも、イスラム過激派に属するテロリストによって攻撃を受ける可能性がある。

 緑の党出身で、原子力発電に批判的なJ・トリティン連邦環境大臣は、九月二七日に議会で行った演説で、「同時多発テロによって、原子力発電所への航空機墜落の可能性がゼロに近いとは、誰にも言い切れなくなった。原子力エネルギーの使用停止は、緊急性を帯びつつある」と述べ、テロリストが旅客機を乗っ取って、原子力発電所に突っ込む事態を想定する必要があるという姿勢を打ち出した。大臣は、原子力発電所が具体的にテロの危険にさらされていると判明した場合には、原子力法に基づいて、ドイツにある十九の原子力発電所の稼動停止を命ずる方針を明らかにした。

 一般的に、この国の原子力発電所の安全性は高いと言われているが、「最悪事態想定」の中には、350トンのケロシン(航空機燃料)を積んだジャンボ・ジェット機が、テロリストによって故意に原子炉格納容器に墜落させられるような事態は、含まれていない。これまでの最悪事態としては、F4ファントムなどの戦闘機が操縦不能に陥って、原子炉格納容器に墜落する事故が想定されていた。しかし、そのような事故が起きる確率は、百万年に一度と推計されており、現実的なリスクとは考えられていなかった。

 しかし世界中の人々が、二機の旅客機が超高層ビルを粉砕する映像を目撃した今、「飛行爆弾」によるテロ攻撃をもはや夢物語とは呼べないわけであり、最悪事態想定を大幅に改定する必要が生じている。実際ドイツ原子力安全委員会のL・ハーン委員長は、「ドイツの原子力発電所はわざと飛行機を墜落させるような攻撃に耐えられるようには設計されておらず、同時多発テロが起きた今、技術的に安全度を高める措置が必要だ」と語る。またケルンの発電所・原子炉安全協会も「テロ攻撃に対する100%の安全性はない」という見解を発表している。現在ドイツ政府部内では、法律によって、原子力発電所がテロ対策を実施することを義務付ける案や、原子力発電所の周辺に対空砲を配備する案などが議論されているが、それでも不十分だという意見もある。

 緑の党の関係者からは、「同時多発テロによって、原子力発電所へのリスクが高まった今、今後三十二年間も原子炉の稼動を認めるのは危険ではないか」、つまり原子力発電所の廃止時期を繰り上げるべきだという声が出始めているのだ。その背景には、旅客機の墜落と爆発に耐えられるほど、原子炉格納容器の隔壁を強化することができるのかどうかという、技術的な疑問もある。ただし、長期間の交渉によってドイツ政府と電力業界がようやく合意にこぎつけた原子炉の稼動期間に関する取り決めを、テロによってご破算にするべきではないという声も、連立与党で主導権を握っている社民党から出ている。このため、合意を白紙に戻して原子炉の稼動期間が一律短縮されることはないにしても、墜落の衝撃に特に弱いと見られる、老朽化した原子力発電所については、停止時期を早めるなどの修正措置が取られる可能性は高い。

 また、ドイツでは二00五年から、最終貯蔵施設が完成するまで、使用済み核燃料を原子力発電所の近くの中間貯蔵施設に保管することが決まっているが、この貯蔵施設と保管用容器が航空機を使ったテロ攻撃に耐えられるかどうかについても、新たな実験が必要になることは間違いない。ドイツの法律によると、使用済み核燃料の輸送に使われる容器は、八00度の高温を三十分間耐えられなくてはならないが、世界貿易センターへの攻撃では、航空燃料による火災で一000度近い高温状態が三十分以上続いたと言われている。さらに緑の党のエネルギー政策担当議員からは、「燃料電池などによる、非集中式の小型発電施設を促進して、テロリストの攻撃目標を減らすべきだ」という意見も出されている。米国で起きた未曾有のテロ攻撃は、ドイツでも安全に関する概念を根本的に塗り替える出来事と受け止められており、原子力発電所の将来に関する議論にも、大きな影響を与えそうだ。