週刊 ドイツニュースダイジェスト 2002年12月7日号掲載  熊谷 徹

税金地獄ドイツ?

2002年の冬は、ドイツ経済にとって暗黒の冬として歴史に残るかもしれない。まず、政府の諮問機関である経済専門家評議会が、「今年度の経済成長率は0・2%、来年は1%とEUで最低になり、失業率も増加する」と不吉なご託宣を行った。さらに、ドイツ財務省の調べで、景気の悪化と失業者の増加のために、地方自治体の税収が、当初の予定を154億ユーロ(約1兆8480億円)も下回ることがわかった。このため、欧州通貨同盟に参加するための基準である、財政赤字の国内総生産(GDP)に対する比率が、3・8%と合格ラインの3%を大きく上回り、加盟国の中で最悪の水準となる見通しが強まっているのだ。ドイツは来年もこの基準に違反すると予測されているので、EUはドイツに対して、制裁措置を取ることになった。欧州随一の経済パワーであるはずのドイツは、深刻な危機に陥ったのである。

* 迷走する経済政策

この非常事態に直面して、シュレーダー首相率いる社民党と緑の党の連立政権は、迷走し始めた。これまでの政策との整合性など、どこへやらという態度は、この政府が事実用のパニックに陥ったことを示している。シュレーダーは、1期目には、ドイツ企業の国際競争力を強化し、企業が雇用を拡大できるように、企業などへの税金や社会保険料による負担を減らそうと努力してきた。ところが、今年9月の選挙で勝つやいなや、この方針を180度変換して、税金と社会保険料を逆に引き上げる方針を打ち出したからだ。

政府の増税計画案によると、たとえば、これまでは付加価値税が7%だった一部の商品(種子、飼料用の植物など)の税率が16%に引き上げられる他、農家、歯科技工士などに対する課税緩和措置が撤廃される。飛行機による旅行やインターネットなどを通じたサービスについても、売上税が課せられる。また天然ガスに対する環境税が、灯油並みに引き上げられる他、電力を大量に消費する一部の業種に認められていた、環境税の緩和措置が撤廃される。

*最低限法人税の脅威

さらにドイツで活動している企業にとって、大きな懸念の種は、企業が最低納めなくてはならない法人税の基準を、政府が決めようとしていることだ。これまで、企業は製品開発などの過程で生じた損失を、その製品が発売された年の利益から差し引いて、法人税を少なく納めることが認められていた。ドイツ政府はこの損失控除に制限を加えて、法人税を最大でも半分までしか減らさせないことを検討している。ミュンヘンのIFO経済研究所のH・W・ズィン所長は、この「最低限法人税(Mindeststeuer)」について、「新しく創業された会社は、最初の数年間は利益を生まない。損失を利益から控除して、将来の法人税を減らす可能性を減らすことは、こうした新興企業を差別するものだ」と述べて、厳しく批判している。これでは、ドイツ政府が奨励している企業の新設が、進むわけもない。最低限法人税は、ビルゲイツのような起業家の芽を摘んでしまう悪税である。

*キャピタルゲイン課税も強化

また、投資家にとって頭が痛いのは、ドイツ政府が有価証券や土地の売却による利益への課税を強化しようとしていることだ。これまで、株などの売却による利益は、購入から一年以上経っていれば課税されなかった(自分で使用していない土地は十年以上)。ドイツ政府がキャピタルゲイン課税を実行すると、市民や企業が株や土地に投資しようという意欲は大幅に減退するだろう。ここに掲げた増税項目は、予定されている政府案の一部にすぎない。

日本の経団連にあたるドイツ産業連盟(BDI)は、「ドイツ企業の国際競争力を弱める」として、この増税案に強く反対しており、特に利益からの損失控除の制限は、憲法違反にあたる疑いがあるとして、連邦憲法裁判所への提訴も辞さない構えだ。

* 年金保険料アップは公約違反

ドイツで高くなるのは、税金だけではない。11月15日にドイツ連邦議会は、2003年からの年金保険料を19・1%から19・5%に、保険料計算基準を現行の月額4500ユーロから5100ユーロ(旧西独)に引き上げるという政府の提案を可決した。ドイツ経営者連盟(BDA)の試算によると、これによって企業と従業員の負担は毎年50億ユーロ(約6000億円)増加する。BDAのD・フント会長は、「ドイツ政府の経済政策・社会保障政策は完全に間違っており、後の世代は近視眼的で、やぶれかぶれの政策として批判するだろう」と述べている。

実際、税金と社会保険料の引き上げは、ドイツの労働コストを引き上げて、国際競争力を弱めるため、企業が雇用を拡大することを妨げる。従って、失業禍は今後悪化する一方だろう。私自身、怒っているのは、シュレーダー政権が、「環境税からの収入を年金保険に回すことによって、労働コストが上昇するのを防ぐ」という甘言のもとに、環境税を導入したことである。環境税は年々引き上げられ、ガソリンや電気代が上がっているにもかかわらず、シュレーダー政権は年金保険の損失を十分に穴埋めすることができず、結局は年金保険料の引き上げに踏み切った。つまり、環境税によって年金保険料の高騰を防ぐという、当初の方針は失敗に終わり、国民はだまされたのである。

* 年金支給は67才から?

しかもシュレーダー政権は、経済学者B・リュルプを長とする、年金問題に関する諮問委員会を設置し、年金など社会保障制度の抜本的な改革案をまとめさせようとしている。現在では65才になれば年金を受け取ることができるが、年金問題の権威と言われるリュルプ氏によると、現在の制度は2010年までしか維持することができない。このため2011年以降は年金支給開始を毎年1ヶ月ずつ遅らせ、2030年には67才にならないと、年金を受け取ることができなくなる。さらにリュルプ氏は、ビスマルク以来の伝統である、健康保険料を企業と従業員が半分ずつ負担する制度も、廃止するべきだと主張している。税金と社会保険料の負担が重く、社会保障サービスは減らされ、失業の危険だけは高いという社会に、ドイツは向かおうとしているのだろうか。政府の迷走ぶりに、不安はつのるばかりである。